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小説 失神国民健康保険

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小説 失神国民健康保険 その1関本ぶりき

失業保険が先月で切れた。
しかし失業は継続中だ。来月で35。35歳、病気なし、フォークリフトの免許あり。転職情報誌、職安での情報など見るに確かに仕事はある。が、俺に勤まるような仕事はなかなかないような気がする。でもきっとそれはそういう気がするだけだ。働かない生活をしていくうちに臆病なおっさんになっただけなのだろう。一日家にいる生活をつづけると、家以外の場所で時間を費やすことがどえらく面倒くさくなる

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小説 失神国民健康保険 その2 関本ぶりき

 毎日は淡々と続いていた。ピローブロックと呼ばれる特殊ベアリングの出荷業務。従業員300人くらいの工場の出荷部門で俺は淡々と働いていた。東京、福岡、広島、札幌にある支店に在庫を出荷する。パレットに注文の製品をつんでいき、荷物がたまったらラップをまいてトラックに載せる。
 出荷部門には俺以外に4人、山本、山本、広田、久米井。山本は二人。背の低い山本と中肉中背の山本。かなりあほの山本とそれなりにあほの

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小説 失神国民健康保険その3 関本ぶりき

大学時代、授業と授業の合間の過ごしかたは図書館であった。図書館で寝るか、本を読むか。図書館で寝ていると、司書の人間が寝るなとやってくる。本を読んでいると何もいってこない。そういう単純な理由で図書館では本を読むことが多かった。
 経済学部ではあったが、経済という学問はさしておもしろくなく、といって違う学部ならおもしろみを感じたかどうかはわかならないが、すくなくとも図書館で経済学の本を読むことはなかっ

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小説 失神国民健康保険 その4 関本ぶりき

 「そんな論文はそんなもんおまえ、そんなもんおまえ論文の態をなしてないがな、そんなもんおまえ、そんなもんおまえ、部長おはようございます、部長、そんなもんおまえ」
 広田が俺の論文をぼろくそにいう夢を見た。よくよく考えたらぼろくそでもないか。そんなもんおまえと言われただけだ。褒めていないことは間違いないがぼろくそかどうかはあやしいところだ。なんにせよ夢であり実際の話ではない。
 着信がはいっていた。

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小説 失神国民健康保険 その5 関本ぶりき

 車の修理工のおじさん。これがそのいわゆる成功者というやつである。成功者といっても村上龍と月曜の夜しゃべっている類の成功者ではない。焼き鳥をフランチャイズ展開し自分の書いた本を各店に置く焼き鳥屋の会長、というのでもない。町の成功者というやつだ。こういう人が自民党に票をいれるのかなんなのかそれはしらないが、間違いなくいえることはこういう人は共産党に票をいれる奴をバカにする。大事なことは一つ。町の成功

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小説 失神国民健康保険 その6 関本ぶりき

「遅いで10分遅刻やで、遅刻やったら遅刻で電話せんと」
「はい、すいません」
「もう、カレー頼んどいたからな、食べ」
「え」
「だからそのカレー食べ」
「遅いから頼んどいたったで」
「え」
これはなんというか甥という立場上なんともいえないが、どうかしてないか。基本的には遅れてくる連れの注文は連れがきてから頼むだろう。なんらかの事情で先に注文する事があっても調理はまってもらうんじゃないだろうか。現に

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小説 失神国民健康保険 その7 関本ぶりき

 なぞが多い。なぞが多すぎる。どういうことだ。
「前の店長がな、透析せなあかんてことなったんや。そんなもん透析うけながらSMクラブの店長なんかできるかいな。せやろ、せやからやな、人が困ってるねんから、な、幸作ちゃん、もうこっから先はなにも聞かんと、うん、ていうてくれ、聞きたいことは山のようにあるかもしれんけどな、何も聞かんとうんていうために来たんやろ」
 そんなことはない。何も聞かんとうんというた

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小説 失神国民健康保険 その8 関本ぶりき

 初仕事。年明け一発目の仕事というわけではなく、生まれてはじめてむち打ち場に勤めにいくという初仕事。
車のおじさんから聞いた住所をスマートフォンの地図のアプリにうちこみそれを頼りに歩く。アメリカ村の入り口というような場所にでた。SMクラブの店長代理の正しい恰好というのがわからなかったがおそらくスーツだろうとスーツで出かけた。
 「妙な雑居ビルがあるから、そこの5階」
 と車のおじさんにはいわれたが

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小説 失神国民健康保険 その9 関本ぶりき

こんな短い時間の研修がこの世にあるだろうか。あるのだ。あるのだ。こんな特殊な世界なんだからもう少しなにかあってもいいようなもんではなかろうか。ノートにはたいして書いていなかった。料金表はカウンターの下とか、出店してこない女王がいたらおのおの携帯番号はこれだから電話しろとか、その程度だ。
 
 いろいろ見たいものもあるような気がしたがといってうろうろするのもなんかなあととなり、カウンターに座った。カ

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小説 失神国民健康保険 その10 関本ぶりき

 俺はゴールデンウィーク中もそこに座っていた。ひと月、そこに座ればさすがにペースもできてくる。そして馴れたといってもいいかもしれない。世の中にこれほど楽な仕事があっていいのだろうか、とすら思い出してきた。
 まず、一つおっさんのわめき声はスマートホンで音楽をきくということで緩和された。家につんでいたレイモンドチャンドラーの本をここで読む。音楽はジャズがいい。あまり自己主張の強い音楽はこの雑居ビルに

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小説 失神国民健康保険 その11 関本ぶりき

ハイキックくらった男の目が開いた。ほっと胸をなでおろす。
「どこ」
「SMクラブぶっひとね、です」
「あ、そうか」
「あの、まことに申し訳ありませんでした。あの、もうじき救急車がきますので、そちらに乗っていただきたいと思ってます」
「えええ、いいよ」
「いや、もしもってことがありますから」
「いいよ」
「すいません、乗って下さい」
「あのさ、保険証使いたくないんだけど、、、、」
「え」
「保険証つ

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小説 失神国民健康保険 その12 関本ぶりき

5月になってすっかり桜はなくなっていた。葉桜というのは少し桜がさいてる状態をいうのだろう。なにも花がない状態の桜は葉桜というかただただ木だ。
 5分ほど走っただろうか。日本橋の病院に救急車はついた。こういう状況であっても緊急搬送口に救急車は止められた。さして急ぐという風でもなくわれわれは診察室に向かってあるいた。今こうやってぶらぶらと歩くならば、救急車も別段「救急車がとおります。進路を譲ってくださ

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小説 失神国民健康保険 その13 関本ぶりき

 煙草をにらむ。ただただ煙のために金を使う。なんてバカバカしいんだろう。煙草が効果的な働きをすることなんかそうそうあるわけでもなし。ただ、こういう時には煙草は必要だ。さおり嬢もたばこをとりだした。
 俺に女を語ることは永遠に無理だろう。しかし、ひとつ確実に言えることがある。この日本には3種類の女がいる。たばこを吸わない女とたばこを吸う女と、煙草を煙草ケースにいれる女だ。SMクラブぶひっとねで働く女

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小説 失神国民健康保険 その14 関本ぶりき

 車のおじさんは不機嫌の塊をかみしめたかのような顔してやってきた。
 3時に電話して、今が7時。電話してから4時間後にやってくるというのはことを軽くみていた、というほかないだろう。こんなことなら飯をくってればよかった。
 「結局誰と誰がぐるやねん」
 「さあ、さおりちゃんと俺が病院に言ってる間にかりんさんと杉田さんがいなくなった、それは間違いないですけど、誰と誰がぐるってのはわからないですね。一つ

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