小説 失神国民健康保険 その12 関本ぶりき

5月になってすっかり桜はなくなっていた。葉桜というのは少し桜がさいてる状態をいうのだろう。なにも花がない状態の桜は葉桜というかただただ木だ。
 5分ほど走っただろうか。日本橋の病院に救急車はついた。こういう状況であっても緊急搬送口に救急車は止められた。さして急ぐという風でもなくわれわれは診察室に向かってあるいた。今こうやってぶらぶらと歩くならば、救急車も別段「救急車がとおります。進路を譲ってください」なんて音声を流して走らなくてもよかったんじゃないだろうか、なんて気もする。
 「付き添いの方はこちらでお待ちください」
 といって、俺とさおり嬢は残された。
 不動産屋風情と救急隊員二人は診察室に入っていった。
長いすに腰掛ける。何をどう思えばいいのかよくわからない時間だ。心配すればいいのだろうか。正直さして心配の心はない。もし、これがなんらかの問題になればそれを理由に辞めてもいいなと思っていた。1月少しSMクラブぶひっとねの店長代理をしていた。80ぐらいまで生きれたとしたら、今この瞬間のことを思い出すんだ日がくるんだろうか。さおり嬢はうつむいていた。さすがにスマートホンを触ることはなかった。さすがに。
 不動産屋風情がでてくるのに、5分もかからなかった。
「あのさ、なんでもないって」
 
窓口に1万円を渡す。きっと経費でおちるのだろうか。経費だろう。経費って基本的には必要経費ということだろう。SMクラブで失神した男を診察してもらう。これ以上SMクラブで必要な経費はないだろう。
「店長さん、顔が怖いよ、もっと気楽にさ、正直さ失神も悪くないから」
不動産屋風情は待合の長いシートに座るさおり嬢に手をあげてでていった。

 さおり嬢はゆっくりと歩く。病院の自動ドアをぬけとぼとぼ。電気街、オタクの街、大阪日本橋。ここから店まで歩いて帰れなくはないが、30分はかかるだろう。このペースじゃいつまでかかるかわからない。
「とりあえず電車にのろうか」
サオリ嬢はなにもいわなかった。聞こえていないわけがないのだ。確かに今日は風が強いが、真横にいて聞こえないわけがない。

 

 かなり昔の風の強い日の話。年末だったように思う。その頃俺はまだ20代前半で路上でポケットティシュを配っていた。南海難波の駅前でコンタクトレンズの広告の入ったポケットティッシュを配っていた。コンタクトレンズの広告の入ったポケットティッシュはメガネをかけた人間にのみ配るのか。さにあらず、誰でもいいのだ。その日は腹が痛かった。これだけ風が強い日。屁の音は聞こえるのだろうか、なんてことを思って、思いっきり屁をこいた。確かな音がした。しかしこっちをみたのは12月に半袖Tシャツを着た白人だけだった。
どうして白人は寒くても半袖をきるのだろうか。
 屁の源をさぐったのはその白人だけだった。
 今そんなことを思い出したのは、決してマイナスではないように思う。

「あああのさ、俺はきめたよ、さおりさん、あなたはそうやってくさくさくさくさくさしてるけど、もうさ、とりあえずそういうメンタルをどうにかしろっていってるんじゃないけれど、その、だから、つまり、決めたよ、あの喫煙所のベンチに座って煙草をすう。で、あの自販機でコーヒーを買う。10分から20分休憩したら俺は店にもどるし、さおりさんはさおりさんの意思で動けばいい。今日あとさおりさんの予約はあるのかないのかしらないけど、今店には杉田さんがいて、わかったなんとかしとくといってたから、よし、じゃ、行動」
 もう一度病院の敷地にもどり、自販機で缶コーヒーを二つ買う。
「だから、そのベンチに座るんだ」

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