小説 失神国民健康保険 その6 関本ぶりき

「遅いで10分遅刻やで、遅刻やったら遅刻で電話せんと」
「はい、すいません」
「もう、カレー頼んどいたからな、食べ」
「え」
「だからそのカレー食べ」
「遅いから頼んどいたったで」
「え」
これはなんというか甥という立場上なんともいえないが、どうかしてないか。基本的には遅れてくる連れの注文は連れがきてから頼むだろう。なんらかの事情で先に注文する事があっても調理はまってもらうんじゃないだろうか。現にこのカレーは冷めている。ファミレスでカレーを食う。ファミレスで伯父と二人でカレーを食う。なんともいえない、日曜日だ。
「もうたべはったんすですか」
「家で食ってきた」
なんなんだ。なんなんだろうか。
「あのね、また会社やめたんやって、お母さんいうてたで」
「はい」
「なんで」
「うううううううううううううん、まあその」
「田中角栄みたいなこと言うてる歳やないで」
田中角栄をみたいなこと言うてるのに適した歳があるのか、ないのか。
「次の仕事さがしてるんか」
「はい」
「めぼしいのあるんか」
「いまのところは」
「今ないてことはこの先もないってことやで」
 じゃ、延々、永遠ないではないか。
「あのな、ちょっと間アルバイトせえへんか」
「はあ」
「よお、聞きや。何回もいいたくないからな」


 それがどうしてこうしてどしてこうしてこうなってああなって、ま、よくわからない。今俺がSMクラブ「ぶひっとね」の受けつけに座っているのはいったい誰のせいだ。誰のせいでもないだろう。
 製麺所、イベント会場設営、パチンコ屋、スーパーマーケット、コンクリートの袋を運ぶ、穴を大きく掘る、インターネットカフェの看板をもつ、路上でサングラスを売る、等々、様々なアルバイトを経たのち、ベアリング工場でフォークリフトを乗る人間になった。そしてその後やってきたのはSMクラブ「ぶひっとね」の受付に座る。
 世界はいったいどのようにしてまわっているのか。こういうのは大体がなんというかその素人が手をだしていい世界なのだろうか。こういうのをやるのは怖いさんである相場がきまっているのではないだろうか。
「それは大丈夫なようになっているから」
なっているからではよくわからない。こんなことがあっていいのか。俺のことを心配しているのではなかったのだろうか。別にSMクラブぶひっとねの受付がダメどといっているわけではないが
「お母さんに心配をかけてたらあかんで」
といったわりにこの職を斡旋するのはどうかしてないだろか。
明日からSMクラブぶひっとねの店長代理になれ、なんて要求は冷めたカレー一杯で通用するとおもっているのだろうか。今俺がここにいるということは結果通用しているということなのかもしれないが。

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