小説 失神国民健康保険 その9 関本ぶりき

こんな短い時間の研修がこの世にあるだろうか。あるのだ。あるのだ。こんな特殊な世界なんだからもう少しなにかあってもいいようなもんではなかろうか。ノートにはたいして書いていなかった。料金表はカウンターの下とか、出店してこない女王がいたらおのおの携帯番号はこれだから電話しろとか、その程度だ。
 
 いろいろ見たいものもあるような気がしたがといってうろうろするのもなんかなあととなり、カウンターに座った。カウンターにはレジがなく、クッキーを入れる丸い缶が。ふたをあけると、千円札が何枚か。これがレジか。クッキーの缶がレジ。そうか。ううううん、屋台みたいだな、ここ。
 しばらくしたら無印良品でかためたようないでたちの女の子がドアをあけた。その子はさおりという女王様だった。

 
10分にも満たない研修を受けてから10日たった。
そんな私はまだSMクラブぶひっとねの受付に座っているのです。受付の向こうに二畳ぐらいのスペースがあり女王さま二人はそこでスマートホンをいじっている。2時から店をあけて、11時半にしめる。途中で女王様はいれかわり、そして待機場にはいり、またその女王もまたスマホを触る。
 暇である。
 受付して会計して、部屋に掃除機をかける。
 夕方ごろ、初日にいたあの襟足がやってきて、昨日からここまでの売り上げをもっていく。この襟足が何者で車のおじさんといったいどういう関係か、聞いてみたいのだが聞くタイミングがない。
襟足は毎日毎日同じことを聞く。
「どう、馴れた」

 馴れる、馴れる、馴れる、馴れる、馴れるねえ。
馴れたのかもしれない。最初の頃こそ、驚きというかおもしろいというかそういうのはあった。普通のいでたち、もしかしたらBMWぐらいのってるんじゃなかろうかなんて男がプレイルームに入ってしばらくしたら
「ああああああああああああああ」
とわりかし大きい声でいっているのだ。防音はどうなってるんだとはじめはおもったがクレームがないところをみると下の階上階漏れていないのだろう。下階はレコード屋で上の階は薙刀を売っている店である。レコード屋、SMクラブ、薙刀屋、雑居ビルというのはおおむね妙であるが、実に妙な雑居ビルだ。

「いったあああああああああああああああああああああああああ、ありがとうございます」
という声を聞いた時は驚いた。わりと多くの男がいうのだ。痛いからやめるというのが普通の感覚だがここの人間痛いゆえにさらにという世間とは違う理屈でまわっているようだ。
 客は金をおいてかえる。
常連ばかりの店のようで予約ノートというのがあり、6割ぐらいの客が次回来店の予約をいれていく。ここは歯医者ではない。SMクラブぶひっとねだ。SMクラブにも予約ノートはある。


襟足のおじさんは売上をセカンドバックにいれ、その場で俺に1万円をくれる。なんともわかりやすい。

 女王さまはいたって普通の女の子ばかりだ。二十歳そこそこがひとり、20代半ばは二人、30歳少し過ぎたぐらいが二人。その日のメンバーが誰であれみなそれなりにしゃべり、スマートホンでゲームをする。
 おれはここにきてしてる仕事の大半は待つこと。時間が過ぎゆくのをまち、プレイが終わるのを待ち、俺にかわってここに座る人間を待つ。待つのが仕事。手塚治虫の編集者みたいにいっているがそんなわけではない。SMクラブぶひっとねの店長代理だ。

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