小説 失神国民健康保険 その14 関本ぶりき

 車のおじさんは不機嫌の塊をかみしめたかのような顔してやってきた。
 3時に電話して、今が7時。電話してから4時間後にやってくるというのはことを軽くみていた、というほかないだろう。こんなことなら飯をくってればよかった。
 「結局誰と誰がぐるやねん」
 「さあ、さおりちゃんと俺が病院に言ってる間にかりんさんと杉田さんがいなくなった、それは間違いないですけど、誰と誰がぐるってのはわからないですね。一ついえるのは杉田さんは病院から電話したらすぐにむかうといっていたってことぐらいで、で、戻ったらかりんちゃんはいなかった、杉田さんも」
 「さおりちゃんはぐるやないんか。もっというたらその蹴りがはいった月城ってやつがぐるやないとか、どうなんや」
「さあああ、フィリップマーロウじゃないんでね」
「なんやそれ」
「いや別に」

 SMクラブぶひっとねは繁盛店だ。SMクラブの売り上げ相場というのはよくわからないが、一日平均20人前後の客がくる。トラックの側面に広告イラストをかいて宣伝してるわけでも、クーポンを配布しているわけでもないのに。SMクラブの割引券ってなんだ。無料で豚とよばせてもらいます、か。
 女の子がいないとSMクラブは営業できない。代わりに俺が豚といってもいいが、俺が豚といっても客はなにもよろこばないだろう。不思議なことに。しかしそういうもんだ。下林軸受の同僚だった久米井保男44歳はアイドルが好きだった。あるアイドルの握手会にいったそうだ。そのアイドルが久米井さんと握手する段でくしゃみをして、少し久米井さんの顔に唾がかかったそうだ。そしてそれがなんだか嬉しかったというのだ。何をいうとる44歳。
「でも、でもですよ、そのアイドルの唾も俺の唾も成分はだいたい一緒ですよ、でもあれでしょう、俺が久米井さんの顔に唾かけたら久米井さん怒るでしょ」
「うん、怒る」
「成分一緒やのに」
「そういう風には考えられへん」
そういう風には考えられないのだ。誰が蝋燭をたらそうが温度がかわるわけではない。

「で、いくら盗られたんだ」
「そこのカウンターに帳簿があるんですよ、3時までの間に、そのさおりちゃんのハイキックが決まるまでにきた客は7人です。通常コース4人、ぶひっと家畜コース1人、いい豚バラねコース2人、さっき計算したら11万ちょうどでした」
何がいいぶひっと家畜コースだ。
おじさんは大きくため息をついた。あゆ釣りがすきなおじさんでシーズンになれば釣ったアユを家によくもってきてくれた。おいおまえアユくえよと小学校1、2年の俺に言っていた。小学校の低学年にアユの味がわかるわけがない。アユの味がわかりはじめた今はおじさんはアユをたべさしてくれない。知らぬ間にSMクラブのオーナーになっていた。今でもアユは釣っているのだろうか。
「あの、聞いたらいけないことなのかもしれないですが、おじさんはなんでSMクラブをやってるんですか」
「幸作ちゃん、それは聞いたあかんことや」
 
昼間の電話でおじさんはこういった。
「警察にはいうな、ややこしいから」
 11万盗られて警察にはいうなといい、いつかこういうことが起きるかもしれないと察知していたかのような冷静さ。グル。もしかしたらあんたもグルなんじゃないか、なんてことまで勘ぐりたくなる。俺はただただ1万円をもらって帰るだけだ。

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