小説 失神国民健康保険その3 関本ぶりき

大学時代、授業と授業の合間の過ごしかたは図書館であった。図書館で寝るか、本を読むか。図書館で寝ていると、司書の人間が寝るなとやってくる。本を読んでいると何もいってこない。そういう単純な理由で図書館では本を読むことが多かった。
 経済学部ではあったが、経済という学問はさしておもしろくなく、といって違う学部ならおもしろみを感じたかどうかはわかならないが、すくなくとも図書館で経済学の本を読むことはなかった。文字がない本の楽であることに気付く。いろんな写真集を眺めた。チェルノブイリの写真はとても冷たかった。
 
ろくな大学時代ではなかった。授業の合間を図書館でうめる奴は博士合をとるか、友人がいないか、である。で、友人のいない4年間だった。友人がいなくても4年は流れる。3年ではゼミをとり、4年になると論文をかく。何をいっているのかいまいちというか皆目わからない経済学の本を読み、それを抜粋しては数行感想を書き、抜粋しては数行感想をかき、おおよそ論文とはいえない論文をかき、たいそう太った教授は論文のページ数が必要最低ページ数に達したかどうかを数え
「あ、いいよ」
と言われて終わり。

卒業式は講堂に集められ、学長の話を聞く。アメリカがイラクに空爆をはじめました、と学長は言った。イラク、大阪からは車で10時間ではいけないところにある。
その後おのおのゼミの教室に行き担当の教諭から卒業証書をわたされる。太った教諭はいった。
「何かみなさまに言葉を贈るのかこういうときのあるべき形なんでしょうが、ええええ、みなさんとはそこまで親しくなかったので、それは僕がなにもみなさんに対してできなかったからなんですが、ええええ、その、えええええ、言葉が思いつかないです。なんであれおめでとうございます」

なんであれおめでとうございます。この世にこれほどいい加減なおめでとうございますがあるだろうか。卒業なんかめでたいなどと思っていない、ということではないだろうがそこまでめでたいとは思えない気持ちをここまで見事に表す言葉を他にしらない。
なんであれおめでとうございます。
卒業式の日も今日のような桜は咲いていただろうか。たぶん咲いていたのだろう。
 
図書館で探偵小説、SF、原発の本、図鑑、うどんの作り方なんて本をよんで、論文とはいえない論文をかいて、なんであれおめでとうございます、で大学生活は終わった。

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