小説 失神国民健康保険 その11 関本ぶりき

ハイキックくらった男の目が開いた。ほっと胸をなでおろす。
「どこ」
「SMクラブぶっひとね、です」
「あ、そうか」
「あの、まことに申し訳ありませんでした。あの、もうじき救急車がきますので、そちらに乗っていただきたいと思ってます」
「えええ、いいよ」
「いや、もしもってことがありますから」
「いいよ」
「すいません、乗って下さい」
「あのさ、保険証使いたくないんだけど、、、、」
「え」
「保険証つかいたくないんだよ、会社にどういう医療をうけたかの明細がくるでしょ」
「それはま、そうなんですが、、、別に、会社もみないでしょうし、プレイはしてたかどうかなんてのは分からないわけですし」
「大丈夫だから」
「でも、ほら現にもうサイレンが聞こえてきたし、もう来ますよ」
「勘弁してよ、俺、営業の抜けてきてんだからさ」
営業ぬけて、ムチでたたかれるにきたんだな、お前は。
「はい、あの保険証なしで、はい、全額だしますんで、乗って下さい」
「あんたさ、この仕事向いてないと思うよ」 
 救急隊員が3人はいってきた。
「どうです、たてます」
「おう、ほならいくわ」
「あの、一緒にのっていって説明してもいいですか、彼女も、その」
「ああああ、そうですね」
 世界にはいろんな人間がいて、いろんな救急隊員がいる。そしてこの救急隊員はいろんな救急隊員がいるなかで、ものわかりのいい救急隊員だった。

 大人計6人がエレベーターにのる。雑居ビルにありがちな狭いエレベーターでぎゅうぎゅうになりながらおりていく。使われなかった担架はたてられている。
 
 救急隊員が聞いた。
「あの、しゃべれます」
「あ、しゃべれますよ」
上段蹴りをくらって30分は経過していた。男は上段蹴りを食らったのはもう過去のこと、といった感じで答えた。
「今現在は別に痛くはないっと」
「はい、痛くもかゆくも、だからこんな大げさにせんでもええっていうてるんやけど」
たまらず俺は口をはさむ。
「失神されて、知識はないですが、声だして頬をたたいたら、しばらくしたら意識をとりもどさはったんですが、後遺症とかでたら大変だとおもいまして」
「はい、そうですね、それでいいと思いますよ、であのう、具体的にはそのどういった経緯で」
男もサオリさんもだまる。
救急隊員は俺の顔を見る。それが当然の流れというように。
「あの店は、SMクラブでして、それで女王様と奴隷という関係性で」
「はい」
救急隊員、一人は助手席に乗ったために、今この妙な空間を共有している救急隊員は二人。二人は二人ともここでのどういった顔をするのが正解かわからず、ひとまずは真顔でいようと決意したような顔をしていた。
「で、そっからは彼女に詳しく聞いてほしいんですが、あの店はそういうプレイをする店でして」
「はい」
「彼女がプレイのいっかんで」
「いっかんで」
「ハイキックをしたらそれがもろにはいったと」
「ハイキックが、もろに」
誰かひとりが笑えばその場は一気に笑に包まれた空間になっただろうか。
しかし、誰もわらわなかった。質問をしてきた救急隊員は外を見た。もう一人はその場に耐え切れないといった感じで下を見ていた。
不動産屋風情がいった。
「まあ、そういうプレイするところやから」

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