「最貧国」に抜かれる日
悲惨なイメージ
ベトナム、ビアフラ、カンボジア、バングラデシュ・・
これらの国々に、わたしの世代は独特の強烈なイメージがあると思う。
1960年代後半に物心ついたわれわれは、複雑な国際政治なんかを学ぶ前に、これらの国からの強烈な映像を、テレビで浴びるように見せられたからです。
とくにビアフラは――って、いまの人はビアフラを知らないか。
いまの西アフリカのナイジェリアですね。1967年に、その「ビアフラ」という地域に住む、一部民族がビアフラ共和国として分離独立しようとしたら、独立を認めないナイジェリア政府軍の兵糧攻めに遭い、100万人規模の餓死者が出た。
ビアフラの、やせ細った、餓死寸前の黒人の子供の映像を、われわれ1960年代の子供は、毎日のように、夕飯食いながらテレビのニュースで見せられた。
ベトナム戦争でも、その巻き添えで空爆を受けたカンボジアの内戦でも、戦乱と貧困で苦しむ子供たちの映像を、よく見せられた。
むかしのこうした映像は、いまでは考えられないくらいエグかったんですよ。国際世論を喚起したい、という意図もあったんでしょうけど。
きわめつけは、1971年のバングラデシュ独立戦争での悲惨なありさまで、ご承知のとおりジョージ・ハリスンがボブ・ディランらと難民救済コンサートを開いた。
バーングラデーシュ、バーングラデーシュ、というジョージ・ハリスンの暗い歌声が呪いのように耳に残る。
GEORGE HARRISON — Bangla Desh(Александр Иванов 2022/12/9)
バングラデシュ、バングラデシュ
あまりにも多くの人が死んでいく
大惨事だ
こんな大惨事は見たことがない
(ジョージ・ハリスン「バングラデシュ」)
そこでも、シンボルにされたのは、やせ細った子供です。
われわれの世代は、10歳前後の多感な時期に、こんなのばかり見せられていた。
ひどい目にあっている子供を、子供に見せるのは、一種の精神的拷問、ハラスメントでしょう。
子供たちのトラウマ必至、悪夢必至の虐待なので、いまからでもマスコミを訴えていいですか?
「ビアフラ」が歌う「カンボジア」
小さい頃から、こういう悪夢のような映像や画像ばかり見せられたら、どうなるか。
デッド・ケネディーズのボーカル「ジェロ・ビアフラ」みたいな大人になってしまいます。
Dead Kennedys - Holiday In Cambodia (Live At Target Video) [OFFICIAL VIDEO 1981]
さあ最上級の恐怖を味わう時間だ
ここじゃ制汗剤なんて意味がない
心の準備はいいか、愛しい人よ
これがカンボジアの休日だ
厳しいがこれが人生だ、坊や
これがカンボジアの休日だ
(migihidari【和訳】Holiday in Cambodia/Dead Kennedys )
ジェロ・ビアフラ(本名:エリック・リード・バウチャー)は、わたしと同世代だから、たぶん子供のころから、同じようなニュース映像を見てきた。
だから、ああいう、「ビアフラ」とか「カンボジア」とかの強迫観念に取りつかれた左翼パンクロッカーになるの、ほんとよくわかるんだよね。(まあ彼らの場合、バンド名にあるように、ケネディ暗殺もトラウマになったのでしょうが)
古今亭志ん朝の落語「寝床」の下げで、精神を痛めつけられたあげく店を飛び出した丁稚が、「あいつ、その後、どうしたい?」「はい、共産党に入りました」というのと同じですね。
バングラデシュの奇跡
でも、60年代の悲惨な海外ニュースを見ながら、同時に、子供心に「日本に生まれてよかったなあ」と思ったものです。
あんな可哀そうな国に生まれたら、ボクも悲惨だったなあ、と。
あれから50年。
わたしは最近、「バングラデシュは、どうやって南アジアで最も裕福な国になったのか?」というYouTube動画を見た。
バングラデシュが調子いいらしいんですよ。
バングラデシュは、どうやって南アジアで最も裕福な国になったのか?【ゆっくり解説】(教養としての世界の地政学(2024/4/26)
過去30年で、
平均寿命は180%増加、
熱帯サイクロンによる死者は100分の1に減少、
貧困率は80%から19%に改善、
乳幼児死亡率は92%減少、
一人当たりGDPは、かつてパキスタンの半分未満だったが、いまではパキスタンの1.2倍、
現在アジアのGDP9位で、いずれインドを抜くという目標を抱いている。
ーーというではないか。
バングラデシュは、もともと「東パキスタン」で、パキスタンから独立したわけですが、一人当たりGDPで、本家パキスタンを抜いたわけです。
ちなみにアジアのGDP(名目)ランキングは、
1位、中国、2位、日本、3位、インド、4位、韓国、5位、インドネシア、6位、台湾、7位、タイ、8位、シンガポール、9位、バングラデシュ、10位、フィリピン、11位、ベトナム、12位、マレーシア、13位香港、14位、パキスタン・・
バングラは、すでにベトナムより上なんだから、たいしたもんだ。
わたしはうれしい。
ナイジェリアの躍進
かつてビアフラがあったナイジェリアも、躍進しているのは、少し前から聞いていた。
ナイジェリアは、アフリカ最大のGDP、アフリカ最大の人口(約2.2億人)を持ち、ついでにサッカーも強い。
現在でも人口で世界6位だが、増加率は世界一。2050年には人口3億人を超え、アメリカを抜き、インド、中国に次ぐ世界3位になると言われている。
わたしはYouTubeでナイジェリア最大都市(旧首都)ラゴスの映像をよく見ます。
たとえば、世界で視聴回数1000万回を超えているこれ↓
Inside Nigeria's Biggest Slum (beyond crazy)(Indigo Traveller 2021/12/5)
ナイジェリアは、アフリカ最大のGDPでも、人口が多いから、たしかに貧しい人が多い。
上の動画で見られる水上スラムでは、子供たちがほとんど半裸で集まって、プレイステーション2を遊んでいる。
でも、みんな元気で、エネルギーがあり、人びとの表情が明るい。ナイジェリアは「昭和の日本」とか言われている。
ナイジェリアの公用語は英語で、動画を見ても、みんな英語が喋れる。それも強みになると思う。(一説には、人口2000万人のラゴスは、「英語の話者が世界で最も多い都市 the largest English speaking city」だ)
あの「ビアフラ」の子供たちがーーと思うと、わたしはうれしい。
ふえる国と減る国
人口では、日本はこれらかつての「最貧国」に、すでに抜かれている。
ナイジェリア 2.2億人 世界6位
バングラデシュ 1.7億人 世界8位
日本 1.2億人 世界12位
バングラデシュも、ナイジェリアも、30年ほど前までは、日本より人口が少なかった。
それが、どちらにも2000年くらいに抜かれて、これからは差が開く一方だ。
そして、なんといっても、平均年齢のちがいが、これらの国の将来を分けると思われる。
各国の平均年齢
日本 48.6歳(2022)
ベトナム 33.3歳(2022)
バングラデシュ 27.6歳(2022)
カンボジア 26.5歳(2021)
ナイジェリア 18.1歳(2021)
なかには、今でも「最貧国」と呼ばれる国がある。
でも、カンボジアなんかも、最近の円安で、物価は日本とあまり変わらないか、日本より高いくらいと言われている。
最貧国、まあ最近は「最貧国」とは言われないですけど、カンボジアもけっこうね、物価高いんですよね。ダイソーありますよね。百均ですけど。百均が1.9ドルなんですよね。日本で買ったら300円じゃないですか。3倍、値段がしてるということなんでね。物価、非常に高いです。日本と同じような生活をすれば、かえって割高になります。
(カンボジア不動産チャンネル 2024/4/7 発言は動画の3:11あたり)
実質的な生活水準では、まだまだ日本が上でしょうが、でももうかつての「最貧国」イメージとはずいぶんちがう。
そして、将来を考えたら、あっちのほうが希望がある。
歴史のめぐり合わせ
こういう成り行きに、わたしは喜んでいます。
老い先短いわたしですが、子供のころに植え付けられた「最貧国」のイメージが、死ぬまでに変わってくれて、本当によかったと思う。
これで、子供のころの「悪夢」とも、おさらばできる。
そして、わたしの生きているあいだ、日本が一度も「可哀そうな国」にならなかったことを、幸運に思う。
中国だって、韓国だって、ほんの3、40年前までは「可哀そうな国」だった。
アメリカだって、人種差別があったし、ベトナム戦争の初期には若者の徴兵があった。
わたしが生きた日本は、平和で、豊かで、もしかして世界一めぐまれていた。
世界史上、おそらく2度と来ない日本の絶頂期(日本列島の上に最大の人口が乗った時代)を体験できた。
個人的には、女にもてず、カネもなく、つまらない人生だったけど、これで文句を言ったらバチがあたるだろう。
この時代の日本に生まれたのは、わたしにとって、幸運なめぐり合わせだった。
この時期を逃して生まれた日本人は、少し不運だった。
そして、これから、かつての「可哀そうな国」と「幸運だった国」が交代していくのも、自然だし、正しいことだと感じる。
日本は、もう十分に長いあいだ、幸運だったから、これまで不運だった国がめぐまれてほしい。
最近の「日本が貧しくなった」「没落している」という話を聞くたびに、思うのは、そういうことですね。
日本も、当分は大丈夫だと思うけど。
でも、そろそろ、「幸運」を明け渡すときだと感じます。
<参考>