見出し画像

【AmazonPrime】「マイ・バッハ 不屈のピアニスト」 弾けなくなった巨匠、ジョアン・カルロス・マルティンスの伝記映画

<概要>


「20世紀最高のバッハの演奏家」と称され、事故によるハンディキャップを抱えながら、不屈の精神で困難に立ち向かったピアニスト、ジョアンカルロスマルティンスの半生を描いたドラマ。(アマゾン公式サイトより)


<評価>


アマプラでただで見られる映画。クラシックファン、バッハファン、ピアノ愛好者なら楽しめて勉強になる映画だと思うし、のちに述べるように、キース・エマーソンと縁があるので、ELPなどプログレッシブ・ロックのファンにも一見を勧めたい。

ジョアン・カルロス・マルティンスは1940年、ブラジル生まれ。

同世代のブラジル出身ピアニストとしてはネルソン・フレイレ(1944ー2021)がいて、アルゼンチンにはアルゲリッチ(1941ー)やバレンボイム(1942ー)がいた。彼らは意識し合うことがあったのだろうか。ちなみにバッハといえば思い出す人が多いカナダのグレン・グールド(1932ー1982)は少し上の世代で、マルティンスが10代の頃にはすでに有名だった。

マルティンスも若いときからバッハ弾きとして知られた。「20世紀最高のバッハの演奏家」かどうかはともかく、21歳でカーネギーホールにデビューし、ヒナステラのピアノ協奏曲(超難曲)を初演し、バッハ全曲を録音した名ピアニストだ。

全盛期は1960年代前半、つまり20代前半だった。その後、度重なる事故や不幸で、右手を、次に左手をダメにし、最後は指揮者に転向した(83歳で存命)。

弾けなくなったピアニストの映画といえば、デイヴィッド・ヘルフゴットを描いた「シャイン」(1996)を連想する人が多いだろう。オーストリア生まれのヘルフゴットは、マルティンスより7歳若い(存命)。ヘルフゴットは精神の障害だったが、マルティンスは肉体の損傷である。

1965年、NYツアー中に、セントラルパークでブラジルのサッカーチームが練習試合をしているのを見て、つい一緒にプレーする。そこで転倒し、右手を骨折したのが最初の事故だ。サッカーのことになると夢中になるのがブラジル人らしい。

それで右手の3、4、5の指の力を失うが、必死にリハビリして、1970年代後半、カーネギーホールでのバッハ平均律全曲演奏会でカムバックする。

しかし、1990年代、レコーディングをおこなっていたブルガリアのソフィアで、暴漢に襲われて脳に損傷を負い、手術の失敗もあって右手の自由を失う。

そこで2000年代に「左手のピアニスト」としてツアーを始めるが、左手にも障害が現れ、ついにピアニストを引退する。

プロのピアニストには悪夢のようなストーリーだが事実である。

日本ではほとんど知られていない人だったが、ギブス的な手袋をして、泣きながら演奏するインスタグラム動画は、2020年に日本のテレビでも紹介された。


また、右手、左手、それぞれ指1本で「G線上のアリア」を弾く動画がYouTubeにアップされている。


この伝記映画は2017年のブラジル製作で、2020年に日本公開された。


不思議な映画である。この映画を見ても、このピアニストがなぜ不屈の闘志で不幸を乗り越えてきたのか、とか、このピアニストの音楽観とかバッハ観とかについては、ほとんどわからない。

わかるのは、女好きで、プレイボーイだったということである。ちょっといい女がいると、目の色が変わり、放っておけない。当然、結婚生活は破綻する。お涙頂戴のきれいごとではなく、人物像を正直に描いているのはいいのだが、セックスシーンがあるせいで、小さい子供には勧めにくい。

きちんと作られた映画ではあるが、ドラマとして、感動ポイントがあまりない。

作り話であれば、もっと話を盛り上げてくれ、と言いたいところだが、これは実話なので、文句も言えない。とにかくこの人は、不思議なほど不幸に見舞われるのだが、生まれついての不屈の人で、どちらかというと淡々と独力で不幸を乗り越えてきた。そのうえ、ピアノの才能があった。

クリント・イーストウッドが映画化に興味を示していたという話がある。彼好みの「ひとりで戦う男」である。彼が撮っていたら、どんな映画になっただろうか。

劇中、レナード・バーンスタインや、(ELPの)キース・エマーソンが(本人ではなく役者が演じて)マルティンスの賞賛者として登場する。

キース・エマーソンがこのピアニストのファンだったのは事実だろう。ELPには、ヒナステラのピアノ協奏曲の編曲がある。それを不思議に思っていたが、初演者のマルティンスの演奏に感動したからだろう。キースの「熱狂型」の演奏スタイルに影響したかもしれない。

キース・エマーソンの集大成的ボックスが出るので(私も欲しい)、一緒にこのピアニストとの影響関係が話題にされていいだろう。


映画としては、上述のように淡々と進むのだが、バッハの演奏シーンは多く、その演奏が心に残る。すべてマルティンスの過去の録音を使っていて、そこにこの映画の価値がある。

彼のバッハは、分析的というより情熱的で、エネルギーにあふれている。事故がなくても、指を痛めて仕方ないような、精魂を傾けた演奏だった。

この映画はブラジルの映画グランプリで音楽賞を受賞した。そのとおり、バッハの音楽と、マルティンスの演奏が「主役」の映画である。




この記事が参加している募集

#映画感想文

67,412件

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?