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問わず語り

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私の作品集です。見ていただけると、とても嬉しいです。
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#小説

普通の事だから。【ほぼ実話短編・7308文字】

普通の事だから。【ほぼ実話短編・7308文字】

「こんなの普通だよ」

普通の事。なんて曖昧で、なんて暴力的な言葉だろう。受け取る僕の側の問題だとはわかる。わかるが、それでもやってられない。

「あーあ」である。全くもって「あーあ」に尽きる。



夜勤から帰って来たその足で、すぐに着替えと支度を済ませる。そのまま日の当たらない半地下の部屋を抜け出して、自転車置き場へ向かう。鍵を財布から取り出してガチャリと小気味いい音に少しだけ癒される。

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熱気球の思い出。【400字掌編】

熱気球の思い出。【400字掌編】

日本広しと言えど、気球を飛ばす事ができる「フライトエリア」は実は少ない。航空局に連絡をして、フライトする近くの空港に飛行通報書を届け出て、田んぼ一枚分の障害物の無い場所が必要になる。

佐賀県に生まれた僕は幸運だった。

気球のイベントがたくさんあるのだ。

国際競技でもあるインターナショナルバルーンフェスタでは乗ることはできないが、別のイベントで一度乗せて貰った事がある。

その時に一番記憶に残

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カーテンを買いに。【398字掌編】

テレワークの普及に伴い、都会の喧騒を離れて、長野県の下伊那郡高森町、妻の実家の近くに引っ越しをする事にした。義実家との関係性は悪くない。話し合いを重ねて、そう決まった。まだ小さな息子を見て貰える点でも、妻の安心感からも、引っ越しをして良かったと思う。

今日は新しいカーテンを買いに行こうと、秋に染まる道に車を走らせている。ネット注文もいいと思うが、私はカーテンは実物を見て買いたい。

「何色がいい

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漫才師「あーだこーだ」【ショートショート】

漫才師「あーだこーだ」【ショートショート】

相田:「ど~も~!あいだです!」

向田:「こうだです!」

2人:「2人合わせてあーだこーだです!」

相田:「今日もワチャワチャやって行きたいと思います~」

向田:「なんやかんややって行きたいと思います~」

相田:「どーにかこーにかやって行きたいと思います~」

向田:「ワイワイガヤガヤやって行きたいと思います~」

相田:「……」

向田:「?」

「おい、次お前の番だぞっ」

「あーだ

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千年の色。【ショートショート】

千年の色。【ショートショート】

ある時、世界中の色をすべて混ぜた果てが見たいと願った人がいた。

みんな馬鹿だと罵った。

けれどもその人諦めず、ツボに絵の具をぶちまけた。

混ぜて混ぜて混ぜ続けたら、果たしてどんな色になるのかな。

まわりの人はそれはもう笑った。

だけど本人は笑わなかった。

その人があまりにも馬鹿だったので、その人の事は町中に知れ渡った。

そしたら、もう1人馬鹿な人がいた。

馬鹿な人は馬鹿な人を手伝い

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足りない欠片を集めて。【ショートショート】

足りない欠片を集めて。【ショートショート】

道を歩いていると、粗大ゴミ置き場にロボットが打ち捨てられていた。このご時世、珍しくもない光景になった。目を向けると、まだ微かに稼働音があり、何かを呟いている。

「ワタシ…ナイ…ワタシ…ナイ…」

私?無い?何が?どうしても、足を止めてしまう。

「タリナイ…タリナイ…」

足りない。今度はそう言っている。何が?

「何が?」は、私がそのロボットに興味を抱くのに十分な疑問だった。幸いにして私は機械

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日記の影。【ショートショート】

日記の影。【ショートショート】

noteがサービスを始めて、31年が経った。

noteの1周年の日。父がアカウントを作った。

私が生まれたその日から始められたnoteは、父と母の育児日誌として産声を上げた。

最初の投稿は父の「むすめがうまらた!」だった。テンションがおかしくなった上で誤字をして始まった。

父と母は几帳面な性格で、事細かに私がその日何をしたかの一切を詳細に記事に書き続けた。連続投稿10年の偉業を成し遂げた父

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不届きもの連合。【自信作・ショートショート】

不届きもの連合。【自信作・ショートショート】

やあ。ここに辿り着いたという事は、何か届かぬ思いに手を伸ばす気概溢れる人物だと判断するよ。

君にも何かあるんだね。届けと願う事が。

ようこそ。ここは「不届きもの連合」。

君を歓迎する。

まず連合の説明からしようか。

と、言ってもな。さっき説明した以上の事は無い。

ただ、手を伸ばすもの達の集いさ。手段を選ばずね。

対象は様々だけどね。

しきたりや理をあまりにもみんな無視しているからね

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両替。【ショートショート】

両替。【ショートショート】

え?両替ですか?

はぁ。まあここは確かにお店ですけど。

特別屋とでもいいますか。はい。

なので両替はちょっと難しいかもしれませんな。

10000円を1000円に崩してくれ?

いやぁ、お客様それは難しいですよ。

なにせお客様の10000円と私のお店の1000円とでは価値が違うのです。両替になりません。

例えばこちらの1000円は、財布を落とした方が交番で借りた1000円です。家に帰るま

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自画自賛。【空想親睦会】

自画自賛。【空想親睦会】

知っているか?人は権威に弱い。なにせ箔が付くし、あぁこの人は世間に認められたんだ。という分かりやすいスタンプマークであるので、安心感があるのだ。

その人が努力して辿り着いた局地の到達点でもあるから、当然眩しく映る。生きた証と言えるだろう。

後は…そうだな。肩書も同じだな。その人の生き様をわかりやすくした表現、とでも呼ぼうか。君もそう思うだろう?

あぁ、とても分かるとも。額縁、と表現できるかも

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ダレデモダレカ。【ショートショート】

ダレデモダレカ。【ショートショート】

あーもしもし。もしもし。聴こえますか?

周波数あってる?

この放送誰かに届いてるかな。まぁ別にいいか。届いても届かなくても。届く時は届くし、届かない時は届かない。そんなもんさ。でも届いた方が嬉しいのは確かだね。届いてたらいいなぁ。

まぁ、気にせず始めちゃおう。

誰かの為の誰かを紹介するラジオ番組!!

ダレデモダレカ~!!始まるよー!

この番組は誰かの提供でお送りします。

さぁ、今日は

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「わからないもの」の時間。【渾身の短編・3710文字】

「わからないもの」の時間。【渾身の短編・3710文字】

僕の中学校には、一風変わった授業がある。

「わからないもの」の時間だ。

道徳の時間を使って行われるそれは、特徴として先生がモノを教えない。

先生も本当にわからないものを生徒と一緒に考える。というのがコンセプトとしてあるらしい。

ルールは大きく分けて3つ。

・この授業に参加するかどうかは生徒が選べる。興味がなかったら自習しててもいい。推奨はされてないけど寝るのにも寛容だ。興味が出たら参加

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お茶会。【空想親睦会】

ティーさん(以下T)「ミルクティーとロイヤルミルクティーの違いって結局の所牛乳に依存するのよね」

T「ロイヤルも牛乳の方に掛かっちゃってるわけよ!ロイヤルティーじゃないの。結局ミルク!!」

ミルクさん(以下M)「もー。いきなり手厳しいなぁ」コーヒーさん(以下C)「あぁ~でもわかるなぁ!」

C「カフェオレもミルクの手柄みたいなとこあるもんね。コーヒーがミルクのおかげでカフェオレに名前変わったよ

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1000の時。【ショートショート】

1000の時。【ショートショート】

「なんですかソレ?」

先輩から発せられた聞きなれない単語に思わず聞き返す。

「1000の時を知っているか?」

先輩は大真面目な顔をして私に繰り返した。私の訝しげな表情で知らない事を察すると、一呼吸置いた後に説明を始めた。

「09月30日から10月01日に変わる瞬間に日記帳を開くと、到達できると言われている時だ」

毎年1度、その瞬間にしかチャンスがない。先輩は重苦しい表情のまま私に続ける。

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