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ビリーさん集め。

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ビリーさんの書いたもので個人的に大好きなものを集める。
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#短編

ショートショート「春になれば私は」

ショートショート「春になれば私は」

「なにそれ」
 私を見るなり、不思議そうに眉をひそめた。きょとんとしているんじゃなく、また何か始まった、みたいな、呆れ顔。倒れそうに傾けた首を左右に振る。
「いいでしょう」
 いっそ、居直ってみる。
「どういいのか分からないよ」
「君さ。私のことをバカだと思ってるでしょう?」
「いや、そんなことは。いや。うん、まあ。思ってるか」
 五月をすぐそこに控えた街をまだ冷たい風が吹き抜けてゆく。あたたかい

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短編小説「うそつき」

短編小説「うそつき」

 お腹空いてるでしょう?
 返事を待たずに私はテーブルをお皿で埋め始めた。バターで炒めた三種のきのこに醤油と一味、旬の魚のカタクチイワシはからっと揚げて、それから季節を問わず食べたい数の子、じゃがバターに刻みにんにく、カプレーゼはミニトマトを大葉とスライスチーズで巻いてオリーブオイルを。たくさん食べてよね。
 お肉? あるよー。ちゃんと用意してるよ。肉、好きだもんね。あとでステーキ焼くから。なんて

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短編小説「国境線上の蟻」#11

短編小説「国境線上の蟻」#11

  足下には蟻が歩いていた。連なる粒の群れの先には息絶えた死骸が見てとれた。鳥か犬か猫か、或いはそれ以外か。なんだっていい。
 君はそう思う。何であっても、どのように生きても、その果ては同じだ。
「生まれ育ちを思えば、私はずいぶん長く生きた。何処かの誰かの血を吸い続けてきたからだろう。善も悪も、割り振ってしまえばそれほど差はない」
 小さな黒い粒はそのひとつひとつが足を持ち、動き、群れとして連動し

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「おやすみ羊」

「おやすみ羊」

 きれいなままだと汚れたときに気になるから、なるべくどこかを汚しておこうと思っている。
 ケチャップのついたくちびるを、口紅ごと袖で拭き取ると、裂けたみたいに口が大きく右に広がった。「おやすみ羊」を聴きたくて、YouTubeを探したけれど見つからなかった。いらないものがあふれ返っているから、探しているものはいつも見つからない。
 どうにか「夜に海賊は」なら見つかったので、それでいいやと聴き始めたら

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「冷たい頬」

「冷たい頬」

 雨になるかもしれないとの予報を見終わるよりも早く、見上げた窓の外はいつの間にか灰色の雲が溜まっていた。人通りは少なく、シャッターの前を荷車のおばあさんが腰を折り曲げて、遥か上の雲を追っているかのように東のほうへ歩いていた。触れていた指先を冷たくする窓。外はさらに冷たくなるだろう。吐く息はかすかに白み、切りすぎた小指の爪がつんとした。すぐに冬がくる。
 スマートフォンを確認して、誰からの連絡も届い

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「越境者たち」

「越境者たち」


 孤独なる魂はその眠り処を探し求めている、其れは二度と目覚めることのない終点であり、寄り添う者を拒む棺だ、数百歳もの年月を経て、なおも吹き続ける風のなかに舞う粒子となることを求めている。
「どこか遠くへ」と書いた大判のスケッチブックを掲げて歩道から身を乗り出している。その痩身は少年のように見えるが、彼の周囲を影として縁取る倦怠と疲労は最期を間近にした老境を重ねさせてもいた。
 どちらでもあり、ど

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短編小説「国境線上の蟻」#10

短編小説「国境線上の蟻」#10

 君は見ている。
 視線の先に広がるのは海だ。かすかに島影を捉えたような気がした、それが唯の幻影だとしても、遥か先には此処ではない地が存在している。
 美しくはない、同時に醜いわけでもない。内実はどちらをも内包して、富める者と貧しきものが同じ空の下に呼吸を続ける。
「お前は私を殺したいんだろう」
 何を見ているのか、それは分からない。背中はどちらも同じ北を向いている。
 君と君の父はまるで非なるよ

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短編小説「国境線上の蟻」#9

短編小説「国境線上の蟻」#9

 海峡を越えてゆく。君が走らせるピックアップ・ヴァンは本土と四国を繋ぐ瀬戸大橋を走行していた。
〝future american territory(ここより先はアメリカ領)〟
 標識の上に括り付けられた星条旗は風に揺らがず垂れていた。昨夜の雨を飲み込んで、それを吐き出せないまま、冷たくなった風に煽られていた。星条旗の下に一回り小さな日の丸。角が綻びて、あちらこちらに穴が空いている。遊び半分に銃口

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短編小説「国境線上の蟻」#7

短編小説「国境線上の蟻」#7

 孤独は生きる限り続くものと君は思っていた。掬い上げられる僅かは瞬時に砂として零れ落ちてゆく。それを掬った掌からも瞬く間に零れ落ちてゆく。明滅する光。明滅する希望。それに並走する孤独。離れることのない絶望。
 その繰り返しを生きてきた。眠るときに見る夢は束の間、君を孤独から解放する。だが、目覚めた現実は途方もない闇のなかで、独りで呼吸だけを続けている。孤独を吐き、暗闇を吸う。暗黒を吐き出して、虚無

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短編小説「国境線上の蟻」#6

短編小説「国境線上の蟻」#6

 君は手持ち無沙汰にナイフを弄ぶ。開く。閉じる。硬質な、金属音が鳴る。情緒の入る隙間のない、冷たい音。初めて触れたのはいくつだっただろう。四つか五つか。閉じるときに歯に触れた人差し指と中指の肉が裂けて、血が溢れたことをよく憶えている。生きている、と、初めて思った。鮮血は生きているものの証だった。死んだものから流れる血は赤くはない。すぐに黒く淀む。淀んだ血は川の下流のように滞り、あぶくと吐瀉物を混じ

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短編小説「国境線上の蟻」#5

短編小説「国境線上の蟻」#5

 君は宿泊先のモーテルに戻ろうと歩く。貧民街となった路地で、ひとりの破綻者を始末して、やはり薄暗い漁港を過ぎて、ヒトの気配のない海岸線を歩いてきた。アスファルトを蹴る足音が響く。しかし、それはすぐに穏やかな波音に消されてしまう。瀬戸内海、だっけか。昼間に見たときは、あぶくと漂着物だらけの、汚れた海だった。水平線を眺むれば、そこには大小様々な島の影が見てとれた。頭上には、打ち上げられた小魚を狙うカモ

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短編小説「国境線上の蟻」#4

短編小説「国境線上の蟻」#4

 久しぶりに外を歩いた。季節は移る。風が肌を刺し、吐く息は白い。北風。間もなく冬。君は小さなころから、生温い季節を嫌った。切り刻むような風のなかを歩いていることを好んだ。排気ガスを吐き出しながら行くトラックが空き缶を跳ねる。どこかから犬の遠吠えが届く。舗装がひび割れて、砂地が剥き出しになっていた。横断歩道の白線が剥げて消失しつつある。寒空の下、赤いちょうちんに集い、安酒をあおる貧民たち。そのもう少

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短編小説「夏の恋」

短編小説「夏の恋」

「雨です」
 私はそう呟く。声にはしないように気をつけて、思わず外に出そうになったそれを閉じた唇で塞ぎ、口のなかに吸い込んで、いっそ飲み込んでしまおうとも思った。誰にも聞かれないように。だけど、私はそう呟きたかったのだ。カバンのなかのハイチュウを口の中に放り込む。それから時間を確認する。午後五時四十五分。足元の水たまりに落ちる雨粒がぱらぱらと少なくなってゆく。高架下から西の空を覗く。焼鳥屋の二階の

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ショートショート「赤い紙」

ショートショート「赤い紙」

 ラジオに耳を傾けると今日も昨日と同じニュースが流れていた。雑音が混じってうまく聞き取れなかったけれど、きっと昨日や一昨日とそれほど変わらないんだろうと思う。
 枕元の銀紙には残しておいたチーズとクラッカーが半分ずつ。顔を近づけるとお腹が鳴る。忘れようとシーツに包まった。抑えた奥から空腹が鳴る。
 ラジオのチャンネルを変えて少し音量をあげた。ノイズの向こうの声を聞き取ろうとしてみたけれど屋根を叩き

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