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#短編
ショートショート「春になれば私は」
「なにそれ」
私を見るなり、不思議そうに眉をひそめた。きょとんとしているんじゃなく、また何か始まった、みたいな、呆れ顔。倒れそうに傾けた首を左右に振る。
「いいでしょう」
いっそ、居直ってみる。
「どういいのか分からないよ」
「君さ。私のことをバカだと思ってるでしょう?」
「いや、そんなことは。いや。うん、まあ。思ってるか」
五月をすぐそこに控えた街をまだ冷たい風が吹き抜けてゆく。あたたかい
短編小説「国境線上の蟻」#11
足下には蟻が歩いていた。連なる粒の群れの先には息絶えた死骸が見てとれた。鳥か犬か猫か、或いはそれ以外か。なんだっていい。
君はそう思う。何であっても、どのように生きても、その果ては同じだ。
「生まれ育ちを思えば、私はずいぶん長く生きた。何処かの誰かの血を吸い続けてきたからだろう。善も悪も、割り振ってしまえばそれほど差はない」
小さな黒い粒はそのひとつひとつが足を持ち、動き、群れとして連動し
短編小説「国境線上の蟻」#10
君は見ている。
視線の先に広がるのは海だ。かすかに島影を捉えたような気がした、それが唯の幻影だとしても、遥か先には此処ではない地が存在している。
美しくはない、同時に醜いわけでもない。内実はどちらをも内包して、富める者と貧しきものが同じ空の下に呼吸を続ける。
「お前は私を殺したいんだろう」
何を見ているのか、それは分からない。背中はどちらも同じ北を向いている。
君と君の父はまるで非なるよ
短編小説「国境線上の蟻」#9
海峡を越えてゆく。君が走らせるピックアップ・ヴァンは本土と四国を繋ぐ瀬戸大橋を走行していた。
〝future american territory(ここより先はアメリカ領)〟
標識の上に括り付けられた星条旗は風に揺らがず垂れていた。昨夜の雨を飲み込んで、それを吐き出せないまま、冷たくなった風に煽られていた。星条旗の下に一回り小さな日の丸。角が綻びて、あちらこちらに穴が空いている。遊び半分に銃口
短編小説「国境線上の蟻」#4
久しぶりに外を歩いた。季節は移る。風が肌を刺し、吐く息は白い。北風。間もなく冬。君は小さなころから、生温い季節を嫌った。切り刻むような風のなかを歩いていることを好んだ。排気ガスを吐き出しながら行くトラックが空き缶を跳ねる。どこかから犬の遠吠えが届く。舗装がひび割れて、砂地が剥き出しになっていた。横断歩道の白線が剥げて消失しつつある。寒空の下、赤いちょうちんに集い、安酒をあおる貧民たち。そのもう少
もっとみるショートショート「赤い紙」
ラジオに耳を傾けると今日も昨日と同じニュースが流れていた。雑音が混じってうまく聞き取れなかったけれど、きっと昨日や一昨日とそれほど変わらないんだろうと思う。
枕元の銀紙には残しておいたチーズとクラッカーが半分ずつ。顔を近づけるとお腹が鳴る。忘れようとシーツに包まった。抑えた奥から空腹が鳴る。
ラジオのチャンネルを変えて少し音量をあげた。ノイズの向こうの声を聞き取ろうとしてみたけれど屋根を叩き