見出し画像

【ぼく遺書vol.5】ブラック社長はアルバイトの夢を見るか?~入信編③~

こんにちは。元塾講師のストームです。僕は東大経済学部出身の30代。大学を卒業後に就職した学習塾を退職して,今はフリーの身です。

「僕が遺書を書いて学習塾を辞めた理由」略して「ぼく遺書」

このブログでは以前勤めていたブラック学習塾での経験を執筆していきます。自己紹介はこちら。ありがたいことに多くの方が読んでくださっていて書く励みになっています。

ブログの内容は当時書いていた日記に基づいています。基本的には毎週土曜日に更新。(今週は日曜日になってしまいました。ごめんなさい。)

今回は「~入信編③~」です。1話読み切りのスタイルなので,この記事から読んでいただいて大丈夫です!

-------------------------------

※注意 今回のみ少しテイストを変えてちょっと小難しい話をしています(>_<)

「高校の時に付き合ってた彼女とは毎朝バスで通学してたけどさ,いつも満員だったんだよね。だから彼女に密着してアソコに指とか入れてたけどね(笑)お前これ生徒には絶対に言うなよ。」

「美人の一番の社会貢献は脱いでAV女優になることだ」と言い放ったブラック学習塾の社長は,求めていないのに高校時代の交際を赤裸々に話した。社長のすごいところはこんなおぞましいことを淡々と話すことだった。あたかも昨夜の経済ニュースで得た知識を披露するかのように。もし社長がヘラヘラしながらバスの中での痴漢まがいの行為を話してくれたなら,彼のことを軽蔑のまなざしで見ることができたかもしれない。一切の後悔も羞恥も見せることなく,平常心で女性を性の対象として語る社長は未知すぎて,僕の脳は「軽蔑」のフォルダにしまうことができなかった

それに何よりも社長の授業は上手だった。彼は天性のカリスマ性を存分に発揮しながら,それでいて保護者や生徒に尽くしていて,次々と保護者や生徒を信者にしていった。

「本を執筆したこともある,講演会にも引っ張りだこの忙しい社長さんが,僕たち私たちのためにこんなにも尽くしてくれている

保護者も生徒もそう考えて疑わない様子だった。そして社長は彼らの前でド変態な言動も,日ごろのパワハラ的な言動も全く出さなかった。けれども僕は思う。もし彼らの前で社長の悪い部分が出たとしても,保護者や生徒は正常に判断できたのだろうかと。

大手ではない小さな塾はとりわけ宗教組織に似ている。保護者は社長や塾講師を信じて子どもを通わせる。生徒も社長や塾講師を信じて通う。彼らの間には「他の保護者や生徒が見いだせなかったすごい塾を見つけたんだ」という自負が芽生える。けれどもその自負は時として正常な判断を狂わせる。なぜならその塾や社長を否定することは自分の慧眼を否定することにもつながってしまうからだ

「他の塾は金もうけのためにやっているけど,うちの塾だけは違う」
「うちの塾の先生は本当に熱心で,うちの子どものことをしっかり見てくれている」
「学校の先生はぜんぜん自分のことを見てくれないのに,塾の先生は勉強がわかるまで一生懸命教えてくれる」

学校やK塾・S台・Yゼミ・T進にはできない,小さい塾ならではの個別指導や少人数での指導を,保護者や子どもたちはこんな風に感じているのではないか。このブログを読んでいる保護者がいたとしても「ブラック学習塾があるかもしれないけどうちの塾は本当にいい先生に恵まれてるし関係ない」と思っているのではないか。

はっきり断言する。金儲けのためにやっていない塾など皆無だといってよい。社会で生きていく以上,ビジネスとして教育をやる以上,お金を儲けないと生き残れないのだ。

ただ,金儲けのために塾をやること自体は問題じゃない。問題なのは,保護者から多すぎる授業料を巻き上げた上で,それを塾講師に還元しないことだ。

例えば僕の授業料は1時間5500円だった。だいたい個別指導は週に2時間だから,保護者は僕の授業に月に8時間で44000円を払っていた。どうしてこんなにも多額の授業料を払うのか?それは僕が「特別な研修を受けたレベルの高い講師陣」だからだ。「弊社は講師の品質に徹底的にこだわる」から,高品質の僕の授業料は高いのだ。

保護者や生徒はその謳い文句を信じてやまない。なぜならお金を払って授業を受けさせている以上,自分の目が誤っていたことを認めたくないからだ。自ずと塾講師のいいところに目を向けようとする。

「ほら,うちの塾の先生はこんなにも教え方が上手くてテストの点数が上がったわ!」
「ママ,塾に通うの楽しいよ^^」
「うち塾を選んでよかったわね^^」

こんな幸せな日常を壊したくない。保護者や生徒にとって大事なのは「自分が選んだ塾は間違っていない」という感覚なのだ。だから正直な話,塾講師の質などよほど授業への遅刻を繰り返したり,点数が下がったりしなければ問題ではない。それが「特別な研修」を一切受けていないド素人の大学生であったとしても...

塾に足を運んで3回目,僕は中学生の女の子2人と高校生の男の子2人の個別指導をいきなり持つことになった。僕に対する「特別な研修」は「社長とご飯を食べること」だった

けれども僕はそんなことを疑問に思ったりはしなかった。なぜなら保護者や生徒以上に僕自身が「うちの塾」を信じていたからだ。僕の「授業料」や「特別な研修」を否定することは「うちの塾」を否定することになって,「うちの塾を信じた自分自身」を否定することになってしまう。だから一切疑わない。一度も塾で教えた経験がないド素人の大学生が授業料として1時間5500円ももらうことも,「特別な研修」がないことも,そして月に約18万の売り上げを出した大学生がアルバイト代として3万円しかもらえないことも

「うちの塾を信じて高い授業料を払ってもらっているんだから,もっと僕が授業を頑張らないと」

いつしかそんなことを思いながら,僕は毎日塾に向かうようになった。だから社長がド変態なことを言っても疑問に思わない。だって,社長のことを否定することは自分を否定することになってしまうから。

そんな時給1000円のアルバイトの僕に向かって社長はこう言い放った。

「いつまでバイト気分なんだよ。」

-------------------------------

記事の内容は事実に基づくフィクションです。匿名性を担保するためにエピソードには修正を施しています。具体的な人名や企業名を出すことは加害者だけでなくその家族や関係者にも危害を加えてしまう可能性があるためです。Twitterでも発信していく予定なので,よければフォローお願いします。


ありがたいことに多くの方々からサポートいただいております。いつも応援してくださる皆様にこのブログは支えられています。本当にありがとうございます。