松濤(しょうとう)
てんきごじてんによると「松に吹きつける風の音を、波の音にたとえていうことば。『濤』は大波の意。」
だそうです。
こういった辞典とかに書かれてる文字の一個一個はきっと恐らく、編纂した人たちの譲れないこだわりを黙示してくれているのだな、と思うので一字一句、鉤括弧は申し訳ないのですが、それでも文字面の方は、変えずに書いております。
他愛もない、私の小さなこだわりでしたが言わせていただきました。
さて、いつも通りこの風への所感ですがこりゃ日本海の海岸でしょうか、それとも房総館山の荒磯でしょうか。
「松濤」という文字の見た目の力強さの反面、その轟々と舞う風に交じる海の白砂は柔らかくて繊細な色でした。
う〜〜ん、なかなか、これを短文で纏めるというのは若干キツイ筋トレみたいですなぁ・・・。笑
いの一番に出てきてくれた生き物がこのお方だとは・・・フィールドの気まぐれというやつに対しては天を仰ぐばかりです。
これはガガンボの仲間ですねぇ・・・申し訳ない、本当に双翅目の種類がなんだとあれこれ言えないのです。からきしなのです。
なんだかんだ、この久米島の記事もひと段落を迎えようとしています。
鱗翅目・・・中でもアゲハチョウの仲間ですかね。
幼虫が鳥のフンに擬態するのはさほど耳馴染みの無い話題ではなさそうですね。
また起こしてしまいました・・・。申し訳ない。。。
何かを思い出す時、その映像の速度は内容によって大きく異なるものかと思います。
今、あれこれPCからこのブログに写真を貼っていく時、フォルダからブログページに移す間のちょっとした時間の中であり得ないくらい早く、思い出してる映像が流れるのです。
この写真はオオハシリグモ Dolomites orion の脱皮。少し見えづらくてすみません💦
言葉が、まるで風流の無い滝のように溢れ出てきてしまいますので、一旦、いい塩梅だと思いついた言葉を濁流に持ってかれたら、二度とその言葉と出会うことはできないのです・・・。
つきましては脳内にダムを建設したいところ・・・しかしどうでしょう・・・「人間の脳内に思考の流れる量を調節できる建設技士がこの地球のどこにいるっていうんだい?冗談を言っちゃァいかんよ」、と江戸っ子のような口調の男に言われたところで、思考が地上に戻ってまいりました。
クモバチの類ですかね〜。似たような見かけのハチをこの先でも見かけました。
これは〜・・・クビキリギスでいいのですかね。
なんか似た種類もいるとかなんとか聞きましたが・・・。
「野生の赴くままに従う」、野生動物の写真を撮る時の構図の思考みたいなもの、それこそが絵画でいう、モチーフをより一層惹き立たせる為の「美しい背景」になるんですねぇ。
野生の赴くまま、これはいろんな言葉に書き換えることができます。
さまざまなアートが持つ色や音に耳を、目を、五感の全てを委ねてみましょう。
近頃読書を嗜んでいる私が気づいた、小さな小さな宣伝文句です。楽しいですよ、読書。
どうもこんにちは。いかがお過ごしでしょうか?
お楽しみいただけましたら幸いです^^