雨宮淳司

怪談作家の雨宮淳司です。 子供向けのものや、ホラー小説、一般小説も書きます。

雨宮淳司

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最近の記事

「ミレイユの右へ」22

第二十二回 ペティナイフ  りんごの皮剥きについての相談だったので、久埜はそれを果物ナイフと同義なのだろうと思ったのだが、野菜の皮剥きや面取りも出来る、一番小ぶりの西洋包丁のことをそう言うのだという。  食事会は穏やかな雰囲気で終わり、事故に対する目に見えないしこりも霧散したようであった。  ただ、会計を済ませてみると、それでも二万円近いお金が残り、別の何かを抱え込んでしまっているような気分があった。  早紀が「それでペティナイフ買うたらいいやん」と悪魔の囁きをしてくるのだ

    • 「ミレイユの右へ」21

      第二十一回 絆  だが、少し間があり、その第一声がこうだった。 「今日こうして集まった皆は、何かの縁で結ばれているんだと思う」 「いや、俺達は兄弟だし」耕が思わず呟くと、 「血縁という縁だ」と返された。 「絆とも言える」  そして、源さんから聞かされたハレの日の由縁を、自分でも調べたのだろう、更に詳しくした話を続けた。 「……そういったわけで、人生に何度もないようなこの日にわざわざ集まったこのメンバーは、多分これからも長らく付き合っていくことになるだろうと思う。よろしく頼む

      • 「ミレイユの右へ」20

        第二十回 食事会  ――そして、慌ただしく時間が経過し、食事会の当日になった。  微妙に各々の卒業式の日程が違っていたため調整し、三月の第三金曜の翌日と言うことになった。  久埜は当日の集合場所を自分の店に指定していた。その為、夕方になると早紀と連れ立って絢もやって来た。  絢の傷の具合は、かなり良かった。よほど目を凝らさないと傷痕は分からないくらいであったが、逆に言えば目を凝らしてしまうと、うっすらと白っぽい線が左の眉の辺りに見える。  本人は、特別気にはしていない風であ

        • 「ミレイユの右へ」19

          第十九回 不倫  視線を逸らしたが、向こうは既に久埜に気づいていたようだ。幾分早足になって、真っ直ぐに近づいてくる。  あの時の怖い印象しかなかったので出来れば会いたくはなかったのだが、こうなると逃げ出すわけにもいかず、その場で待ち受けるしかなかった。 「……いつぞやの絢の友達の子やな」 「こんにちは」  挨拶をしたが、どうしても堅い感じでしか声が出ない。  だが、今日の源蔵は太い眉毛が八の字になって、何というのか毒気がなかった。  落ち着きもない感じで、どうも子供と話すの

        「ミレイユの右へ」22

          「ミレイユの右へ」18

          第十八回 春巻き  ……だが、そうは思ってみても、何しろまだ小学生なので家の手伝いくらいしか稼ぎ口などはありはしない。  普段は当たり前のこととしてやっているし、それにこの間夜中に抜け出して迷惑を掛けているので、親に小遣いの増額も言い出しにくかった。 「まあ、何とかするから」  耕や晴彦はそう言うが、シーズンオフとは言え元々野球に時間を取られていて、特にバイトで潤っているわけではない。なので、そんなに財布として頼りになるというわけではなかった。  ずっと意識をしていると、ど

          「ミレイユの右へ」18

          「ミレイユの右へ」17

          第十七回 ハレ  裏手へ回ると、案の定というべきか、真史が何かの作業を流しでしている後ろ姿が見えてきた。  刃物を使っているらしく、黙々と手だけを動かして、相当傍に近づくまで久埜達には気がつかないでいる。 「あのう」  いきなり声を掛けて手元を狂わせてはいけないと思い、か細い声でワンクッションを置いてみる。 「ああ、今晩は」  真史はすぐに振り向いてくれた。 「今晩は」  嫌そうではないから、久埜は好感触だと思ったが、一体何が好感触なのかと思い返して思考が縺れ、次の言葉まで

          「ミレイユの右へ」17

          「ミレイユの右へ」16

          第十六回 お礼  家に帰ってみると、店から看板から全ての明かりが煌々と灯っていた。 「あ、バレてる……」 「親は勘が鋭いからな」源さんが面倒臭そうに言った。  覚悟して正面から戻ると、富実と文太が仁王立ちに待ち構えており、その後ろで車座になっていた兄達が一斉に睨みつけてきた。  それぞれが心当たりを探して奔走した後と思われ、申し訳なく思った。 「どこに行ってたんだい?」 「えーと、散歩」  それは、嘘ではない。 「今夜じゃないといけなかったのかい?」 「……多分」 「……そ

          「ミレイユの右へ」16

          「ミレイユの右へ」15

          第十五回 飾り切り  包丁磨きが終わると、それぞれを丁寧に洗い布巾で拭き上げていく。  そして、一本だけ俎板の上に残すと少年はそれを厨房に運んでいった。  待っていると、中で「蓮根がどうのこうの」という源さんとの会話があり、すぐに戻ってきた。  久埜と目が合って、 「蓮根の切れっ端をもらってきたんですよ」と言い、はにかんだのかにっこり笑った。 「蓮根?」 「花蓮根は覚えたので、雪輪蓮根を練習しようと思って」 「花……?」 「蓮根の飾り切りです。花蓮根はこれをこうやって……」

          「ミレイユの右へ」15

          「ミレイユの右へ」14

          第十四回 夜の街  歩きながらものを考えると、いろいろな事象がまとまりを見せてくるものだ。  絢のお父さんに叱られて怖かったが、あれは逆の立場だったら、文太も相当怒ったことだろう。話し合いが揉めているというのも、きっと引っ込みが付かなくなっているせいではないのか。……へそを曲げたら、文太だってやりそうなことだ。  揉め事は……これからも、きっといろいろ起きるのだろう。  起きないに越したことはないのだが、対処できる力を持っておかないと、きっと駄目なんだろうなと思う。  その

          「ミレイユの右へ」14

          「ミレイユの右へ」13

          第十三回 責任  一瞬の静寂。 「だけど」と、耕がぼつりと言った。 「俺は何だか責任を感じる」 「……それは、あれだな、男としてのアレだ。それは感じていい」 「あたしだって感じる」  久埜が我慢できずに言った。 「それは友達として当然だが、総じてこれは事故なんだから、必要以上に感じなくてもいい」 「必要な量ってどのくらいよ!」  涙ぐみ始めた久埜を見て、文太は溜め息をついた。 「お前らは、どうしてこう素直に親の話を聞けんのか。反抗期か? 積木くずしか?」 「あー、とにかく」

          「ミレイユの右へ」13

          「ミレイユの右へ」12

          第十二回 傷  あからさまに不審な目で出迎えたのは清家呉服店の店主で、絢の父親の源蔵《げんぞう》だった。  いつもほとんど店の方にいるため、家に遊びに行っても出会うことがなく、数年ぶりの対面で、まるで久埜のことなど覚えていなかった。  が、それでもおろおろと取り乱しながら事情を説明する久埜の言うことを一頻り聞いたが、 「何だと! この馬鹿者が!」と、突然物凄い怒声を上げた。 「絹子《きぬこ》! おい、絹子!」と絢の母親を呼ばわり、 「保険証を持ってこい。伊々田外科へ行くぞ!

          「ミレイユの右へ」12

          「ミレイユの右へ」11

          第11回 コーラ  四人で薄暗い駄菓子屋の中に入っていく。  各々が幾度となく通った場所であったが、いつの間にか奥行きのサイズ感が変わっており、酷く狭苦しく感じるようになっていた。  「蕗おばちゃん」は、今度はいつものような様子で床を手箒で掃いていた。 「おや、みんなで来るのは久しぶりだね」 「まあ、もう、さすがにあんまりここには来ないなあ」  四人以外に、客はいなかった。  学校は休みなのに……。久埜が低学年だった頃には、小さい子らでごった返していたような気がする。  …

          「ミレイユの右へ」11

          「ミレイユの右へ」10

          第十回 キャッチボール  ビートルズ談義は続いていたが、さすがに話題が尽きてきたのか、耕の流暢さが些か怪しくなってきた。  久埜も、会話に参加できるほどの蘊蓄がもう種切れで様子見だった。むしろ、半ばわざと口を出さないで二人の話の漂流を楽しんでいると、トントンと足音がして晴彦が二階から降りてきた。  ジャージ姿で、軟式用のグラブとミットを持っている。 「ちょっと、外に出てキャッチボールせんか?」 「いいね」  助け船なのか、単に自分の腹ごなしがしたかったのかは不明だったが、耕

          「ミレイユの右へ」10

          「ミレイユの右へ」09

          第九回 カレーとビートルズ  案の定、耕はCDの貸し出しはOKだと答えた。  そのまま、預かって手渡ししても良かったのだが、 「今度、久埜のところに行ったときに、お兄さんにちゃんとお礼を言ってから借りたい」  とのことで、CDはきっちり纏められたまま、耕の本棚の一番目立つところで出番を待つことになった。  日曜日の昼過ぎ――。  この日は、商店街の寄り合いで両親は留守。店も休みで、家には久埜と耕、次男の晴彦がいた。  長男の昭《あきら》は、姿が見えなかった。が、いつも邪魔に

          「ミレイユの右へ」09

          「ミレイユの右へ」08

          第八回 イット・ウォント・ビー・ロング  その夜、寝床に入ったままヘッドフォンをして絢のテープを聞いてみた。  B面には他の曲も入っていたが、A面は書き込まれた題名の一曲だけが五回ほど繰り返し録音されていた。  ……そして甘いセレモニー。  最後のフレーズが妙に耳に残る。何でこんなに繰り返し?  何だか妙だ。妙なのだが……それが何かは分からない。  やがて眠気が訪れて、久埜は曲を流したままで寝入ってしまった。  数日が経って、そろそろテープを絢に返しておかないといけないなと

          「ミレイユの右へ」08

          「ミレイユの右へ」07

          第七回 果物ナイフ  千秋は次の日まで夕食後に出されたが、案の定瞬く間に消費されてしまった。  富美が座卓に新聞紙を広げて、手際よく果物ナイフで皮を剥くのだが、その様子を見ていて久埜は妙にばつが悪くなってきた。  そう言えば、りんごの皮を剥いたことがないことに気がついたのだ。  家で出るフルーツと言えば、冬場のみかんか夏場のスイカ、あるいはバナナと言ったところで、りんごはあまり記憶にもない。  フルーツに限らず、野菜を切るのも、精々家庭科で習ったレベルなのだった。  この間

          「ミレイユの右へ」07