見出し画像

「ミレイユの右へ」21

第二十一回 絆



 だが、少し間があり、その第一声がこうだった。
「今日こうして集まった皆は、何かの縁で結ばれているんだと思う」
「いや、俺達は兄弟だし」耕が思わず呟くと、
「血縁という縁だ」と返された。
「絆とも言える」
 そして、源さんから聞かされたハレの日の由縁を、自分でも調べたのだろう、更に詳しくした話を続けた。
「……そういったわけで、人生に何度もないようなこの日にわざわざ集まったこのメンバーは、多分これからも長らく付き合っていくことになるだろうと思う。よろしく頼む」
 真史が、「え? そうなの?」というような表情で機械的に皆と合わせて拍手をしていた。
「……さて、今日は清家絢さんの快気祝いが本来の趣旨であったので、ご本人に一言お願いしたい」
 更に拍手。
「えー、では……」絢が嫌がりもせず立ち上がった。いつの間にかまた背が伸びたのか、座ったまま見上げると一層大人びて見えた。
「絢ちゃん!」早紀が囃した。
 ……その早紀の方は、最近明らかに胸部の成長が著しい。
 否応なく、何かの節目を感じさせてくる日だな、と久埜は横目で早紀のセーターの膨らみを見ながら改めて思った。
「先日は思わぬ災難に遭ってしまい、皆さんにご心配をおかけしました。本当にその時の気遣いが嬉しくて……」
 言葉が詰まった。
「ありがとうございました。必死に走ってくれた久埜、ありがとうね」
「え? あ、うん」急に振られてどきりとする。
「湿っぽくしたくないので、いきなりですが乾杯します。――では、乾杯!」
「乾杯!」
 何かが振り切れたような歓声が沸き、ちょっと騒ぎすぎかなと気遣っていると、あの女将さんが廊下の方から笑顔で大丈夫だと合図をしてくれた。
 既に卓の上には先付けの小鉢と、前菜の盛り合わせが並んでいた。
 箸を持ち、ちょっと見には何なのか分からない小鉢の中身を眺めていると、
「車海老としめじの、白子和えです」
 真史が末席の方からそう言い、自分でも口に運んだ。
 そして、ゆっくりと味わい何か考えている。
「味付けの分析?」
 多分そうなのだろう。兄達とは初対面みたいなものだし、晴彦ともその後付き合いがあるわけでもないので、話が弾んでいるわけでもないようだ。
「こっちに呼ぶ? まだ前菜やし」
 早紀がそう言うと、返事も聞かずにさっさと誘いに行った。
 牡蠣の入った茶碗蒸しを啜っていた三兄弟がちらりと見たが、移動に口出しはしなかった。
 が、席移動をしてみると真史は久埜の正面だが、絢の隣となり、
「何してくれとんじゃ、この優男」という、怨念を感じる視線を耕が発し始めた。
「改めて、初めまして」と絢と早紀が挨拶した。
「どうも」
 居心地がいいのか悪いのか、真史はひたすらもじもじしていたが、ふと前菜の盛りつけの中を見て、
「これ、向こうには無かったですよ」と、久埜に言った。
 白い薔薇の花ようなものが三つ、八寸の中にあった。
「花百合根ですね。百合の球根に飾り切りをして蜜煮にしたものです」
「源さん?」
「ですね」
 さすがというのか、見事な出来で、どうやって作ったのかまるで分からなかった。
「三個あるから、皆さんへの餞ですね」
「白い百合の花言葉は、確か『純潔』」と絢。
 耳を澄ませているのか、耕が離れた席で一人「うんうん」と頷いていた。まさに絢にふさわしい、とでも思っているのに違いなかった。
「でも、これ根っこやから、花言葉違うんちゃう?」
 早紀が全て台無しになるようなことを言った。が、真史が、
「では百合根言葉ということで、『絆』っていうのはどうでしょう? 三人の絆……まあ、晴彦さんの受け売りですが」と、すぐに真顔で答えた。
「……それって素敵」絢が何時になく、トロンとした目つきでそう漏らしたので、耕に明らかに動揺の色が走った。
 真史がまた、満更でもなさそうであったので、久埜もよく分からないがカチンときた。
「……あたし、いらんことをした(余計なことをした)?」とでも思ったのか、早紀は席を立ってそそくさとトイレへと逃げていった。

 その後、椀物、お造り、中皿、焚き合わせ、ご飯が出て、明らかに量的にも配慮があったようで皆が満足していると、最後にフルーツが運ばれてきた。
 ガラス皿一杯にスライスされたりんごが盛られ、千鳥に細く短冊にした赤い皮があしらわれている。更に彩りでミントが散らされていた。
「千枚りんごですね」
「……こういうのもあるんだ」久埜はそのデザートが出てくるとすぐに、酷く引き込まれる感覚を受けていた。
「和食でも、最近はいろいろデザートも工夫しないといけないんですよ」
 真史は、久埜のりんごの皮剥きでの挫折など知らないので気楽に答えている。
「まあ、これは比較的簡単なものですが」
「あの、今思い出したんですけど」
「え?」
「私、りんごがうまく剥けないんです」
「……まあ、それはよくある話で」
「上手くなるには?」
 真史は久埜が真剣なのに気づいて、少し考えるとこう言った。
「包丁使いは、練習するしかないです。まずは手に合ったもの……そう、西洋包丁のペティナイフを手に入れて、基本からやってみましょう」





この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?