雨宮淳司

怪談作家の雨宮淳司です。 子供向けのものや、ホラー小説、一般小説も書きます。

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記事一覧

「ミレイユの右へ」48

第四十八回 相談  絢と絹子さんは、どうもそのまま益城町まで移動して、熊本空港から空路で東京へ向かったらしい。  後で分かったことなので、取り残された久埜達は…

雨宮淳司
1日前
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「ミレイユの右へ」47

第四十七回 片思い  いつまでも泣き止まず、たまに顔を上げても虚脱したような表情の絢の手を引き、元の宿に戻った。  どうしても、はっきりと目を合わせられない。  …

雨宮淳司
4日前
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「ミレイユの右へ」46

第四十六回 二人だけのセレモニー  案内板に沿って歩いて行くと、足元はごつごつとした岩場になり、簡単な脱衣所があった。  学校の水泳の授業の時などに、散々一緒に…

雨宮淳司
5日前
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「ミレイユの右へ」45

第四十五回 温泉郷  少し早いが昼食を摂ろうということになった。  ドライブインの食堂で、各々好きな物を注文する。  早紀は炒飯を食べていたが、 「うーん、なかな…

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6日前
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「ミレイユの右へ」44

第四十四回 旅行  週明け、旅行当日の朝、絢のアパートの前に各自で集合した。  早紀と二人で一泊分の荷物を持って歩いて行くと、既にあのステーションワゴンが待機し…

雨宮淳司
7日前
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「ミレイユの右へ」43

第四十三回 関門  特徴的なそのイントロは、確かにしばらく聴いていなかったせいか、異様に懐かしさを感じた。  それと同時に、絢がいなくなった後で、またこれを聴い…

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8日前
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「ミレイユの右へ」42

第四十二回 ドライブ  三月末、春休みに入る前に絢は正式に転校の挨拶をクラスで行った。  既に察知していたはずのクラスメートの間から悲鳴のような声が上がり、改め…

雨宮淳司
10日前
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「ミレイユの右へ」41

第四十一回 盛り付け 「……これはまた」  随分立派な厨房だと言って、真史は白長靴に履き替えると中を感心したように歩き回っていた。 「いつもすぐ前にいたのに、ここ…

雨宮淳司
11日前
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コラム 03

「フォリー・ベルジェールのバー」について  「フォリー・ベルジェール」は有名なミュージック・ホールで、様々な人々が行き来する社交場だった。  マネは何度も通い詰…

雨宮淳司
2週間前
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「ミレイユの右へ」40

第四十回 進展  三月になり、絢が転校するという噂が校内を駆け巡った。  目立つ存在だったので、男子の間でも口の端に上り、やがて事実だと確認されるとまた一頻りそ…

雨宮淳司
2週間前
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「ミレイユの右へ」39

第三十九回 悲しみ  長い間、薄々恐れていたことが現実になってしまった。 「悲しいわよ。ひょっとしたら、今までで一番悲しい」 「肉親の死よりも?」 「爺ちゃんと婆…

雨宮淳司
2週間前
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「ミレイユの右へ」38

第三十八回 転校 「ええっ?」  そうすると、親権の問題が発生するが、元より絢はお母さんと生活する方を選んでいる。  これから先の暮らし向き等、どうしていくのか……

雨宮淳司
2週間前
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「ミレイユの右へ」37

第三十七回 マネ  厨房施設のある一階の反対側から外に出ると、集合看板の掲示されたビルの共用部があり、午前中と変化のない、どんよりとした冬空が望めた。  そこか…

雨宮淳司
2週間前
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「ミレイユの右へ」36

第三十六回 涼子さん  小花を散らした縞の着物に、ニットの羽織という身繕いのその女性はこちらを向くなり、 「あら、お二人さん、お久しぶり」と、屈託無く声を掛けて…

雨宮淳司
2週間前
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「ミレイユの右へ」35

第三十五回 菜乃佳さん 「私はここで働いている新藤菜乃佳(しんどう なのか)といいます。よろしくね」  慌てて二人で各々自己紹介すると、菜乃佳さんは嬉しそうに微…

雨宮淳司
3週間前
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「ミレイユの右へ」34

第三十四回 ビジネス  最初意味が分からなかったが、念を押して訊くと、赤星社長は本気でその描かれている「フルーツ盛り」の現物を、実際に目にしたいのだと言った。 …

雨宮淳司
3週間前
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「ミレイユの右へ」48

「ミレイユの右へ」48



第四十八回 相談

 絢と絹子さんは、どうもそのまま益城町まで移動して、熊本空港から空路で東京へ向かったらしい。
 後で分かったことなので、取り残された久埜達は足取りが分からず、意思疎通はそこで途絶えることになる。
 どうにも、後味の悪いことになり、まだ温泉手形に貼ってある確認シールは一枚残っていたが、久埜達はそのまま引き揚げることになった。
 真史に事情を知られるのは絢の気持ちを考えると久

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「ミレイユの右へ」47

「ミレイユの右へ」47

第四十七回 片思い

 いつまでも泣き止まず、たまに顔を上げても虚脱したような表情の絢の手を引き、元の宿に戻った。
 どうしても、はっきりと目を合わせられない。
 久埜も気が動転して、道々全く言葉が出なかった。
 絢は結局露天風呂からこっち何も口を開かず、絹子さんの部屋へ当たり前のようにそのまま真っ直ぐ歩いて行く。久埜は、どう声を掛けていいのか分からず、お互い気恥ずかしすぎるし今日のところは仕方が

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「ミレイユの右へ」46

「ミレイユの右へ」46

第四十六回 二人だけのセレモニー

 案内板に沿って歩いて行くと、足元はごつごつとした岩場になり、簡単な脱衣所があった。
 学校の水泳の授業の時などに、散々一緒に着替えをしていたので今更恥ずかしいということもないのだが、ずっと素っ裸というのは思いの外抵抗がある。
 しかし、何だか馬鹿馬鹿しくなって、さっさと浴衣を脱ぐとタオルを引っ掴んで久埜は風呂の方に向かった。
 少し寒いくらいだったが、外気が肌

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「ミレイユの右へ」45

「ミレイユの右へ」45

第四十五回 温泉郷

 少し早いが昼食を摂ろうということになった。
 ドライブインの食堂で、各々好きな物を注文する。
 早紀は炒飯を食べていたが、
「うーん、なかなか」と、やはり中華に関しては一家言あるようだった。
 食後にコーヒーを頼み、お代わり自由だったので、つい飲み過ぎてしまった。
 車内へ戻ると、またお喋りが始まった。
 絢はいつも通りの感じである。話に夢中になって、絹子さんの言葉に感じた

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「ミレイユの右へ」44

「ミレイユの右へ」44

第四十四回 旅行

 週明け、旅行当日の朝、絢のアパートの前に各自で集合した。
 早紀と二人で一泊分の荷物を持って歩いて行くと、既にあのステーションワゴンが待機しており、真史が運転席で道路マップを睨みながら缶コーヒーを啜っていた。
「おはようございます」
 早紀が車の外観を物珍しげに歩き回り、回り込んで真史に挨拶した。
「しかし、でっかい外車。でも右ハンドルなんだね」
「このサイズだと、こうじゃな

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「ミレイユの右へ」43

「ミレイユの右へ」43

第四十三回 関門

 特徴的なそのイントロは、確かにしばらく聴いていなかったせいか、異様に懐かしさを感じた。
 それと同時に、絢がいなくなった後で、またこれを聴いている自分の姿が見えて、絢が懐かしい存在になってしまうという受け入れられないその未来が轟々と音を立てて迫ってくる気がした。
「ま、間違い! こっちに換えて」
 語気が激しくなってしまい、二人は驚いたようだった。
「え? いいですよ?」
 

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「ミレイユの右へ」42

「ミレイユの右へ」42

第四十二回 ドライブ

 三月末、春休みに入る前に絢は正式に転校の挨拶をクラスで行った。
 既に察知していたはずのクラスメートの間から悲鳴のような声が上がり、改めて絢は皆に好かれていたんだなあと久埜の胸中で感慨が湧いた。
 しかし、本当のお別れはこれからなのだと思うと、その場ではかえって大きな情動の波は感じないでいた。
 そして、年度末の最終日も終わった。
 その日は美術部のメンバーで、待ち合わせ

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「ミレイユの右へ」41

「ミレイユの右へ」41

第四十一回 盛り付け

「……これはまた」
 随分立派な厨房だと言って、真史は白長靴に履き替えると中を感心したように歩き回っていた。
「いつもすぐ前にいたのに、ここがこんな風になっているなんて思いませんでした。匂いもしなかったですし」
「排気は上の階から外に出る仕組みです。そもそもあんまり火を使いませんからね、ここは」
 イタリアンオードブルとか、フルーツ加工が主で揚げ物や焼き物は限られるのだと、

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コラム 03

コラム 03

「フォリー・ベルジェールのバー」について

 「フォリー・ベルジェール」は有名なミュージック・ホールで、様々な人々が行き来する社交場だった。
 マネは何度も通い詰めたそうで、上流階級と下層階級の交錯を見て取り創作意欲をかき立てられたのかもしれない。
 絵の中では身分の低いバーメイドが、上流の紳士と(背景の鏡の中を見る限りにおいては)何か交流をしているように見える。
 だが、この鏡の映り方には当初か

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「ミレイユの右へ」40

「ミレイユの右へ」40

第四十回 進展

 三月になり、絢が転校するという噂が校内を駆け巡った。
 目立つ存在だったので、男子の間でも口の端に上り、やがて事実だと確認されるとまた一頻りその話題が続いた。
 特に動揺したのが卒業してしまう美術部の先輩の面々で、「安心して部を託せると思ったのに」と、嘆くこと頻りだった。
 残りの二年生は、久埜を筆頭とした「頼りない面々」だったわけだが、木村先生はそれなら毎年恒例の卒業生の感想

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「ミレイユの右へ」39

「ミレイユの右へ」39

第三十九回 悲しみ

 長い間、薄々恐れていたことが現実になってしまった。
「悲しいわよ。ひょっとしたら、今までで一番悲しい」
「肉親の死よりも?」
「爺ちゃんと婆ちゃんの時は、物心ついてなかったし。……何でそんな話」
「あ、えっと、私は何というのか……悲しすぎて悲しさがどうも実感できないというか、少しおかしくなっちゃってるのかも」
「何言ってるのよ……」
 確かに、見た目はいつもの聡明な絢なのだ

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「ミレイユの右へ」38

「ミレイユの右へ」38

第三十八回 転校

「ええっ?」
 そうすると、親権の問題が発生するが、元より絢はお母さんと生活する方を選んでいる。
 これから先の暮らし向き等、どうしていくのか……。絢と話をしておかなければいけないと思うのだが、今まで絢本人からはそういう相談はなかった。
 ひょっとして母親の地元に帰ってしまうのではと、以前早紀が話していたことを思い出して、久埜は腹の底から不安になった。
「こういう風に私が話すの

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「ミレイユの右へ」37

「ミレイユの右へ」37

第三十七回 マネ

 厨房施設のある一階の反対側から外に出ると、集合看板の掲示されたビルの共用部があり、午前中と変化のない、どんよりとした冬空が望めた。
 そこから踊り場付きの階段が二階に伸び、上がっていくと片階段型のフロアとなっている。その一番手前の扉のノブに菜乃佳さんは手を掛け、ここだと言った。
 扉に嵌め込まれた金文字の看板には、「会員制バー マネ」とある。
 内開きになっているそれを、ゆっ

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「ミレイユの右へ」36

「ミレイユの右へ」36

第三十六回 涼子さん

 小花を散らした縞の着物に、ニットの羽織という身繕いのその女性はこちらを向くなり、
「あら、お二人さん、お久しぶり」と、屈託無く声を掛けてきた。
 たったあれだけの出会いだったのに、しっかりと覚えられていたらしい。
「えっ……お久しぶりです」
「菜乃佳が何だか楽しみなお客が来るって言ってたんだけど、まさかのまさかね。将来……食品関係に進むわけ? それにしてももう実地?」
 

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「ミレイユの右へ」35

「ミレイユの右へ」35

第三十五回 菜乃佳さん

「私はここで働いている新藤菜乃佳(しんどう なのか)といいます。よろしくね」
 慌てて二人で各々自己紹介すると、菜乃佳さんは嬉しそうに微笑んだ。
 とても優しそうな人で、それはよかったのだが、やはり久埜はどこかで会っているような気がした。
 二十代の半ばか、たぶんそのくらいの感じだ。
 けれども、その年代の女性とは思い返してみても、今まで接点というものが無かった。
 だん

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「ミレイユの右へ」34

「ミレイユの右へ」34

第三十四回 ビジネス

 最初意味が分からなかったが、念を押して訊くと、赤星社長は本気でその描かれている「フルーツ盛り」の現物を、実際に目にしたいのだと言った。
「こういう食べ物の類いは、本当に作ってみると、いろいろとイメージと違ったり不具合が起きるものだ。君だって、どう構想とズレが生じるのかは興味あるだろう?」
「え? でも……」
「無論、材料費は僕が出すし、場所と道具も提供しよう。何ならスタッ

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