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「ミレイユの右へ」41

第四十一回 盛り付け



「……これはまた」
 随分立派な厨房だと言って、真史は白長靴に履き替えると中を感心したように歩き回っていた。
「いつもすぐ前にいたのに、ここがこんな風になっているなんて思いませんでした。匂いもしなかったですし」
「排気は上の階から外に出る仕組みです。そもそもあんまり火を使いませんからね、ここは」
 イタリアンオードブルとか、フルーツ加工が主で揚げ物や焼き物は限られるのだと、菜乃佳さんは説明した。
「へえ」
「まあ、業態としては特殊なんでしょうけど。顧客も事業者が殆どですし」
 早紀と久埜も手を洗って、身支度をしていたが、菜乃佳さんに真史を紹介してからすぐに二人が打ち解けだしたので、少し疑念が首をもたげていた。
「真史さんは初対面だって言うけど……」
 ひょっとしたら、菜乃佳さんの方は見知っていたのかもしれない。何しろすぐ近くにいたので、ここの窓とかからでも姿が見えないことはないだろう。
 しかし、話を聞いていると業務上の手順とか、厨房機器の説明ばかりで、全くもって料理オタクの会話である。
 が、久埜達が来ると話を切り上げたようだった。
「じゃあ、持ってきましょうかね」
 菜乃佳さんはそう言い、冷蔵庫から大きなステンレスのバットを取り出すと、作業台の上に置き、被せてあったラップを取り除いた。
 中にはごろごろと、見慣れないピンク色の物体が幾つも収まっていた。
 ドラゴンフルーツ。楕円形でやや刺々しい緑色の葉っぱのような物が生えている。
「奇抜だな」
「どうも、サボテンの一種らしいです」
「サボテン……って、食えたっけ?」
「サボテン料理聞いたことある。宮崎だっけ」
「これは、中南米のものらしいんですが。……実は詳細は私もよく分からないんです。輸入会社が反応を調べている段階で」
「どうやって食べるの?」
「手で剥けないので、カットしないと駄目とのことですね」
 久埜が待ちかねていたように、手に持った包丁ケースからペティナイフを取り出した。
 使い込んでいるのが分かったのか、真史が目を細めた。
 縦にカットを入れると、白い果肉が現れた。黒胡麻を散らしたかのように小さい種らしきものが沢山ある。
 四つ切りにして、それぞれが手に取った。口に運び、味わってみる。
「うーん?」
「食感が……種でサクサク?」
「甘くないというか、何というか」
「糖度が、多分低いですね」
 どうも、不評のようだ。多分、日持ち重視でまだ熟していないものを輸入しているのではないかという結論になった。
「お客さんには出せないですね」と、菜乃佳さんは言ったが、
「でも、見た目が面白いです」と、久埜。
「逆に使える?」早紀が愉快そうに言った。
「久埜のへそ曲がりが出たな」
 定番のフルーツを盛り込んで美しく作るというのも、一つの技術なのだろうが、やはり新味も欲しい。一段階何かがステップアップするかもしれない。
「お試しで使ってみましょうか。……まあ、大慶商事関連の無難なところで」
 丁度、そういう店から予約が入っているとのことで、その後そのままフルーツ盛りの作成が始まった。
 時間には余裕があったので、考え考え作っても大丈夫なようだ。
 レシピというのか、久埜の作成した設計図通りにまずは作り込んでいく。
 真史は興味深そうにその作業を見ていたが、途中から、
「奇抜だ」と唸ったきり黙り込んだ。
 久埜が次々とフルーツの切片を切り出し、それを菜乃佳さんが配置した。大皿の上に美妙な態で果肉の文様が描かれていく。
「なかなか綺麗やろ?」
 手の空いた早紀が真史に話しかけた。
「料理っていうのは……」
 腕組みをしたまま、真史が真剣な表情で言った。
「二大基本が『味付け』と『盛り付け』だと習ったんですが、これは思いも付かない盛り付けですね……。いや、参った」
「え?」
「追い抜かれたのかもしれない」
「あんたらはライバル関係やったんかい……」
 いろいろ突っ込みを入れたかったが、真史の様子を見ての感想はそれしか出なかった。
 盛り付けの終盤、カットしたドラゴンフルーツを皿の余白部分に散らしてみた。
 一気にトロピカルな雰囲気が増し、見た目の華やかさが変化した。
「うん、なかなかいいんちゃう?」
「いいですね、思ったよりかなり」菜乃佳さんは嬉しそうだった。
「次、いつ入荷するか分からないですが、残りはお得意さん用に使いますね」

 控え室に戻って帰り支度をする際に、久埜は早紀に訊いておかねばならないことがあったのを思い出した。
「温泉旅行の件、考えてくれた? 熊本の黒川温泉一泊らしいけど」
「ああ、もちろん行くよ」
 絢に訊かれた際に、それなら早紀も一緒に、と久埜は返事をしたのだった。話の流れで、それが条件のようになってしまって、何だか妙な雰囲気になったのだが、母親の絹子さんはそれがいいと賛成してくれた。
「でも、黒川温泉って鉄道通っていないよね。車じゃないと不便じゃない?」
「車?」
 そう言えば、運転免許を持っている人間がいたのを同時に思い出した。
「え? 僕?」
 ソファで考え事をしていた真史が、視線に勘付いて声を上げた。





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