記事一覧
北軽井沢 4つの夏の小景
稜線のその先に。 7月半ば。いつもは静かな高原の農村が「リゾート」と呼ばれる、短い夏がやってきた。
ひとけのなかった別荘地に灯りがともり、普段は軽トラックがのんびりと行き交う国道に、県外ナンバーの車が目立ち始める。待ち兼ねたようにレストランやホテル、商店が活気を取り戻し、「夏季無休」の看板を掲げて大わらわ。
ただしこの賑わいも、年々勢いをなくしてきていると聞く。「昔はもっと賑やかだったん
今日のバトーさん(2)桜岩地蔵堂の馬頭観音
つづいて紹介するのは、わが家からもっとも身近な(毎日の犬の散歩コース圏内にある)バトーさんです。
北軽井沢と嬬恋村大笹を結ぶ県道沿いにある「桜岩地蔵堂」。
浅間高原をドライブしながら、車窓からずらりと並ぶ幾体もの観音様を目にしたことがある方も多いのではないでしょうか。
この「百体観音」こそ、<六里ヶ原>の歴史を今に伝えてくれている貴重な史料です。
浅間山の裾野に広がる原野だった六里ヶ原。浅間山
今日のバトーさん(1)作道の馬頭観音
おとなりの「バトーさん」
東京近郊のマンモス団地育ち。身近に石造物など見たことも意識したこともなく、つい数年前まで田舎の道端で見かける石の仏像っぽいものは、みんなひとくくりに「お地蔵さん」だと思っていた。
〈 足もと 〉(=浅間高原の歴史)に興味を持ち歩き始めてみると、「お地蔵さん」だと思っていたものにもいろいろと(仏様やら神様やら)種類があることがわかってきた。
なかでもどうも、頭にもうひと
「六里ヶ原」を読む(1) 悲しきほどに遠き草の径
浅間山北麓地域を呼びあらわしたいとき、いまは「浅間高原」「北軽井沢」などを漠然と使い分けているが、ほんとうはもっと古くから親しまれてきた呼称がある。
「六里ヶ原(ろくりがはら)」。
最近では別荘地やドライブインの名前からも消えてしまい、正式な地名でもないため地図にも載らず、聞いたことがないという人も増えているかもしれないが、この呼び名ひとつに、火山のふもとに荒れ地や草はらが広がるばかりだった、開発
山麓ことば暦帖:〈凍み抜け〉
山麓に住むようになって初めて知った言葉に〈凍み抜け〉がある。
冬の間、凍てついて岩のように硬くなっていた地面が、気温とともに緩んで柔らかくなり、ふたたび耕せるようになることを言う。
浅間高原の冬は、雪は少ないかわりに冷え込みはきつく、いったん根雪になると氷の層になり、土中も深度1〜2メートルという深さで凍みてしまう。だから今でも冬場は、ハウスものを除いて路地ではなにも栽培できない。秋までに蓄えた