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言葉がないから異文化をつなげない
国際政治についてもヨーロッパについても僕はほとんど何も知らないのだけれど、聞いていて何やらモゾモゾするものがあったので少し書いてみようと思う。モゾモゾするに至った動画は以下に貼り付けておく。なお、モゾモゾした部分は、動画の趣旨(主題)とは直接関係ない部分である。
動画の中で、小国分立のヨーロッパでの伝統的な合意形成の仕方というものへの言及があった。それによれば、ヨーロッパでは昔から、合意形成する
書くことがありません!
書くことがある時とない時というのは、人間の生活上、ぜったいに、波状攻撃となって襲ってくるものだと思う。ある時はまったくネタが切れてしまって何一つ書けない反面、別の時には「あっ、あれも」「これも」「それも」という感じで、4つ〜5つくらい、書くことを思いついてしまうのだから、やるせなくなってしまう。
4つも5つも思いついたら今度はそれを文字にして整える「時間」の方がなくなってくるわけだから困りものだ
感情が先に立ちそうになる時
何回考えてもこいつらクズだと思える相手というか集団があり、こいつらがここまでクズでなければ今自分は絶対にこんなふうにはなっていなかったと思えるわけで、つまりそのことは残念なことに完璧に「現在」と接点を持ってしまっているから、奴らがどんなにそれをなかったことにしようとしたって、それは無理なのであって、時折浮き上がってきては感情のスイッチを押していくのであり、忘れようとしても無理なのである。
そうい
分かるところから進めるしかない
(昨日の続き)
「統計検定・準1級」を独学するにあたって八方塞がりの中、
結果的に落ち着いたのはこういう考え方だった。
じつをいえば、統計検定の受験へ向けて一歩を踏み出した理由も、皆目意味不明な統計検定の世界の中に、理解可能な部分が一部見えたからであり、それまでに関してはやはり、問題文の意味不明さに取りつく島をなくし、なすすべをなくしていただけだったのだ。
それは、範囲が広大で内容のめっちゃ
独学は感覚をつかむものなのか
昨今、ネットの向こう側にそれなりに充実した資料やわかりやすい先生(AI先生を含む)が登場し始め、検索などもうまく機能し始めたことから、独学が台頭してきた。
僕たちが現役の学生だった頃は当然ここまでの環境はなかったから、学ぶといえばやはり生身の人間の背中を通して、その取り組み方や発想のぶっ飛び方やあり得ないほどの情熱などを、じかに学ぶのが意味があることだと思ってきたのだが、やはり今独学を無視しては
もてはやされる「独学」の意味について
教えてくれるはずのものと一般に認識されているはずのものを、実際には教えてくれない教育機関というものは、少なくともこの日本において、いたって平然たる面構えをして普通に存在していると思う。少なくとも自分はそんな教育機関のいくつかを経験してきたし、そうでない教育機関も経験してきた。受講生とトラブルになったり、消費者契約法などに引っかかったり、詐欺罪などで、世間の知るところとなるものは、規模が小さく、たと
もっとみる金で堤防を築き身を守るワテら
少なくとも明後日からはまた無料に戻るつもりだけれども、note で書いていくことにした理由の一つに、有料エリアが使えるというものがある。自分の記事が有料で売れるなんてまださすがに思っていないけれども、自分なりに精魂を込めて、本音で勝負しようとしている以上・・・
もっとみる僕らはそろそろやり方について話そう
片付けのやり方について書いた本が革命的だといってヒットするくらい、人は片付けそのものについては必要性や切迫感を感じる一方で、そのやり方については他人と話をしたことすらないという現状があった。従ってそこには確たる意識さえ向いていなかったわけであり、その弊害が汚部屋でありゴミ屋敷であった。
人は片付け同様、勉強そのものについては必要性や切迫感を感じる一方で、そのやり方については他人と意思疎通する機会
心から楽しんでいる消費はコンテンツになる
銀行口座残高に日夜目をやりヒヤヒヤしながら生活している私としては、キャッシュ・アウトがそのまま消費になってしまうのかそれとも投資となって将来のキャッシュフローを好転させるものになるのかは大きな運命の分かれ道だと思って見ています。
などと言いながら、実際には・・・
普通がいいなんて今更言われなくても
みんなわかってるんじゃないのか。本当は。
まるきの話をきっかけにして「普通はいい」「普通ができるようになるのは案外難しい」「自分としても普通ができるようになることを当面は目指していくことになるかもしれない(なりそう)」といった話をじつはしようとしていたのだが、こんなもの、賢明なる読者諸兄にとってはむしろ当たり前で、書こうとしている自分すら、論証の必要性を見失ってしまって、そうこうするうちに気負い
無くなっていたまるき
気になって調べてみたら案の定だったのでとてもいたたまれない。
気になったきっかけはこの人の動画だった。
錦市場といえばもはや外国人を中心に観光客でごった返す、台湾夜市ふうの食べ歩きできる食品商店街という印象しかないかもしれないが、少し前まではもうそれこそ落ち着いた、にわかの学生身分には近付き難い、京都という街のなんたるかを理解した人だけが立ち入りを許されているような、通好みの食材の店や飲食店が
真価を理解する人を大切にしたい
過小にでも過大にでもなく自分のことを見てくださっている方が、一人でも増えてくださったらいいのではないかと思う。
毎日すごい記事を立て続けに書くわけでもないが、書くことを完全にやめてしまったり、放棄してしまうということでもなく、毎日それなりに面白みのあるものを書いて、ときどきは結構いいことも言う、何割バッターかはわからないけれど、完全に打てなくなったわけでもない、そこそこ“使いで”のある、一人の人