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百物語にて候。

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百の物語、ぜひ一本手にとって頂けたら有難き幸せ。
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【ショートショート】敗者復活の日

【ショートショート】敗者復活の日

「歯医者行けよ」
 開口一番、妹の千秋はそう言い放った。
「確かに、お前の兄ちゃんは敗者だ」
「ちげぇよ。そのみっともない前歯を修理してこい。ついでに腐った性根を改造してもらえ」
数か月の滞在には小さすぎるスーツケースは大型犬なら一匹も入らないだろう。父が運転する車に乗って千秋が帰って来た。俺が会社を辞め、実家に住み、やっとのことで新しい職に就いた五年の間に千秋は結婚して、妊娠して、出産をひかえる

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【ショートショート】ステキなトラウマ

【ショートショート】ステキなトラウマ

「また、宿題をしてないの?それじゃ、お仕置きね」

 

夢から覚めると全身が汗で濡れていた。

「よかった…俺は大人…宿題なんて……無い……!」

 俺は、社会人になった今でも夢に見るほど宿題がトラウマだ。俺はよく宿題をせずに登校しては先生にお仕置きされていた。先生のお仕置きは小便ちびるほど怖かった。

今日も宿題の夢で飛び起きた。それと同時に股間に湿った生暖かい感覚が広がった。

「まぁ、宿題

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【ショートショート】一人焼肉

【ショートショート】一人焼肉

大沢謙二は、少し厚くきられたタンをほんのり炙り、レモンを絞りネギを巻き頬張った、二度三度噛みしめ溢れる唾液と共にビールで流し込んだ。肉の余韻を残しながら大きく息を吐き出した。
以前、業務用スーパーで加工前のタンを見かけたが意外に大きくグロテスクだった。これが家畜の物でなく、自分のだったらと考えるだけでゾッとする。そう思いながら、カルビを裏返した。

すぐ横を通った店員を呼び止め追加注文をした。

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【連作短編】|囁聞霧江《ささやききりえ》は枯野を歩く ~故郷・前編~

【連作短編】|囁聞霧江《ささやききりえ》は枯野を歩く ~故郷・前編~

あらすじ

【聴き屋】囁聞霧江は他人の話を聞くだけ。他人の話を聞いて聞いて、最後に囁く。霧江に話を聞いてもらった人々は霧江に囁かれて、あるべき素形へ、あるべき場所へ旅に出る。
 霧江に話を聞いてもらいにやってきた岩藤良夫は、故郷に帰りたくないと言う……。

 

『旅に病んで夢は枯野をかけ回る』松尾芭蕉

 故郷は遠くにありて思うもの。故郷と書いて田舎と読む。故郷とは多くの人が帰りたいと思う場所の

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【短編小説】カワクボ

【短編小説】カワクボ

40代の男が二十歳やそこらの女子大生と付き合うことに少なからず後ろめたさを感じている。しかし、私には妻や子、家族はいない。

俺が若い女と付き合おうと勝手ではないか。

『皮久保です。河川のカワでなく皮膚のカワって書くんです』

『ステキ、ピッタリですね、私達』

街の婚活イベントで出会った剃町 由美子は俺の目を見つめそう言った。何がピッタリなのかと私は思ったが、俺は彼女の愛らしい顔と露出の多い肌

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【連作短編】|囁聞霧江《ささやききりえ 》は枯野を歩く ~故郷・後編~

【連作短編】|囁聞霧江《ささやききりえ 》は枯野を歩く ~故郷・後編~

「お電話した岩藤です」
 男の声に囁聞霧江の脳は妄想の世界から現実に引き戻される。
 年は五十歳前後、岩藤良夫は痩せた体に髪は薄く不精ひげには白いものが多く見える。
 霧江は彼に話しかけられる少し前から、誰かを探すような動作を察して岩藤らしき男を視界に捉えてから、霧江は妄想に耽っていた。彼女は依頼者の生い立ち、性格、言動などを妄想して会話のパターンをシュミレーションする。そうして、相手が一番望んで

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【連作短編】探偵物語日記②〜桜吹雪は逃さない〜

【連作短編】探偵物語日記②〜桜吹雪は逃さない〜

会社のテレビは常に垂れ流しか社長が相撲を視る以外には使われない。今朝はたまたまニュースだった。「……から発見された複数の遺体は、」

 俺には聞き覚えのある地名だった。

 

 俺の勤める探偵社は不定休だ。その日も例のごとく「今日はは休みな。お疲れさん」と当日に社長から伝えられた。俺には予定も無く、隣町の公園に来ていた。公園と言っても元は巨大な溜池の周りに木を植え、遊歩道をつくり、申し訳程度のベ

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【連作短編】探偵物語日記③〜創造主は遊ばない〜

【連作短編】探偵物語日記③〜創造主は遊ばない〜

 依頼人は高校生だった。髪は長めで面長な様子から勝手に引退したサッカー部かと思ったが、野球部部長17歳、つまり高校2年生だった。今時の野球部は坊主頭がでなくていいらしい。依頼料が不安だったがお年玉とバイトで貯めた金は想像以上に纏まった額だった。しかし、相手は未成年。さすがにそのまま受け取る訳にはいかず、家を訪ねて保護者からも事情を聴くことにした。道中、身の上話を聞いた。  彼には失踪した歳の離れた

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【連作短編】探偵物語日記④〜山男は歩かない〜

【連作短編】探偵物語日記④〜山男は歩かない〜

生ぬるい雨がフロントガラスにぶつかって落ちる。壊れたカーエアコンは溜息のような風しか吐かない。

俺は雇われの身だ。職業は探偵、個人営業主ではない。所謂、サラリーマンだ。会社には申請していないが、俺には霊が視え、時には会話する、所謂、霊能探偵ってやつだ。

春とも冬とも言えない湿気に満ちながら、若干の肌寒さを残した中途半端な季節の夜10時、俺は車を運転していた。黒いデカい車を。こんな居心地の悪い夜

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【短編小説】春もどき

【短編小説】春もどき

「相談したいことがある」
 友人から呼ばれ私は喫茶店を訪れていた。この喫茶店は私と友人が学生時代よく通い他愛もない話 に耽った場所である。

 彼とわたしは大学生の頃に知り合った。入学直後の4月ではなく、正月もとっくに過ぎてしまった2月のころであった。彼は地面に這いつくばって何かをスケッチしていた。私は草を描いているのかと思ったが手元を覗くとソレ はサナギだった、蝶の蛹だった。私が不思議そうに見下

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【ショートショート】白銀の背中を

【ショートショート】白銀の背中を

白い轟音の中。皮膚はもはや痛みを感じること無く鋭く突き刺さるような吹雪の振動だけを伝える。まつ毛は凍りつき辛うじて目を開けることができる。僅かな視界の先に薄い人影を捉えながら、見失わないように必死で歩を進める。人影の正体は俺の相棒だ。しかし、アイツは俺を案内している訳ではない。俺はアイツを追い越さなければならない。さもなくば、俺は間違いなく死ぬだろう。三年前に俺が殺したアイツと同じように。

三年

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【ショートショート】ハザード

【ショートショート】ハザード

豪華客船が漂流し数十日、十分にあった食料も尽き、体力のないものから死者がで始めた。
食料は無く救助がいつくるかも分からない海の上、それは暗黙の了解である。
料理人が《ウミガメのスープ》だと言って、細かい肉の入ったスープを振る舞った。肉が細かく切り刻まれているのは、せめてもの配慮だろうか。出汁をが出やすくなるための工夫だろうか。やたらと塩味が強かったが、飢餓状態の人間にとっては堪らなく美味で、毎回貪

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【ショートショート】祖母・ボソボソ

【ショートショート】祖母・ボソボソ

 もともと商売人ではきはきとして元気だった私の祖母は祖父が亡くなって以来、歩く姿もふらふらと危うく、目に見えて気力を落としボソボソとしか喋らなくなった。
祖父は酔うと決まって話すことがある。祖母との馴れ初めだ。
「婆さんが結婚しなきゃ死ぬって言うからなぁ。橋から飛び降りてやるぅ、って言うもんだから仕方ななく…たなぁ」そう言って強くもない酒を煽る。祖母はその話が始まると照れくさそうにモジモジする。

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【ショートショート】雨宿主

【ショートショート】雨宿主

大工の亀吉は村外れの寺の修繕を終え、のんびり帰る道中だった。サワサワサワ。笹の葉が風と雨に揺れる音がする。
生暖かい風が背を押すと同時に雨が亀吉を濡らした。初めこそ温く優しい雨だったものだから、濡れながら歩けばいいと呑気に歩いていたが、次第に雷が轟き冷たい大粒の雨が降り出した。
風邪をひいては困ると、走り始めたが亀吉の住む長屋まではまだ遠く雨に打たれて走るのでは息も続かない。ふと、今朝、寺までの道

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