【連作短編】探偵物語日記②〜桜吹雪は逃さない〜
会社のテレビは常に垂れ流しか社長が相撲を視る以外には使われない。今朝はたまたまニュースだった。「……から発見された複数の遺体は、」
俺には聞き覚えのある地名だった。
俺の勤める探偵社は不定休だ。その日も例のごとく「今日はは休みな。お疲れさん」と当日に社長から伝えられた。俺には予定も無く、隣町の公園に来ていた。公園と言っても元は巨大な溜池の周りに木を植え、遊歩道をつくり、申し訳程度のベンチが置かれただけの場所で遊具などは何も無い。俺はそのベンチの1つに腰掛け、道中買った文庫本を広げた。
数十ページほど読み終えたところで、桜の花弁が一片、目の前を横切った。ふと見上げると髪の長い女が覗き込むように俺を見下ろしていた。髪の長い美人だった。
「あの探偵社の方ですよね」
いくら美人といえ、俺に今のところ予定が無いとはいえ、休日を邪魔するコトは許されない。とりあえず無視した。
「読書の邪魔をして申し訳ありません。依頼があるんです」
女は深く頭を下げた。俺は仕方なく栞を文庫本に挟み込んで、隣に座るよう促した。女はふわりと腰掛け、依頼内容を語り始めた。僅かにハスキーで儚げな声だった。
依頼内容は別れた彼氏を自分との思い出の場所数ヶ所に連れて行ってほしいとのことだった。依頼人が付添うことは無いらしいし、浮気調査という訳でも無かった。「私、この町を離れてしまうんです。その前に彼に私の事を思い出してほしくて……」少しヤバい依頼だが俺が暇で死にそうだったのと、美人の頼みということで引き受けた。彼女から聞いた元彼氏の住所と数ヶ所の思いでの場所を聞きスマホの地図で確認した。
男が応じてくれるかが心配だったが。突然アパートを訪れた俺を最初こそは訝しげに観察したものの、依頼人の話をすると承諾してくれた。軽く身支度をすると「行きましょう」といって部屋の外に出た。二人の思い出を辿る道程はシンプルだった。よく2人で食事をした定食屋、映画館、フィットネスジムなどなど、若干吐き気を催すほど甘い思い出だった。ゴールはあの"公園"だった。
夜になり、辺りはすっかり暗くなっていた。昼間俺が腰掛け読書をしていたベンチの辺りに案内した。俺はベンチに腰掛け、男はベンチの正面にある桜の木を見つめていた。男の後ろ姿しか見えなかったが、どうやら泣いているようだ。彼をボンヤリと眺めていると、風も無いのにおびただしい数の桜の花弁が夜の闇にが舞い上がった、地面から湧き出ているかのように。その薄ピンクの視界の向こうに同じ色のワンピースを来たあの女が佇んでいた。
「来てくれたのね、アナタがワタシを殺した場所よ。あの日と同じこの桜吹雪を忘れたとは言わせないわ」
彼女の声は蝶の羽ばたきのようにかすかだったが、不思議と聞き取れた。まるで遠山の金さんだ。
「お前が俺を……!俺を殺そうとしたんじゃないか!!だから、だから俺は!おれは……!」
男は叫び、服の首元を掻きむしるようにめくって見せた。彼の首には紫色の指の跡がついていた。最も力を掛けたであろう指先の形のアザは桜の花びらに似ていた。
「そう、アナタが、欲しい、の」
女はヨタヨタと男に近づくとすがるように彼の肩から背中に腕を絡めた。
「あっああ」男は声にもならぬ絶叫と共に彼女に肩を押されながらに土の中へ、まるで底なし沼にでも飲み込まれるように地中深くへ女と共に身を沈めていった。2人が姿を消すと桜吹雪も消えていた。一片も残るはずは無い。今は公園の溜池に氷が張るほど寒い季節なのだから。そういえば報酬の話をするのを忘れていた。
俺は昼間と同じようにベンチに腰掛けて、読みかけの文庫本を取り出した。挟んだはずの栞が無かった。どこかで落としたのだろうか、骨折り損のくたびれ儲けだ。記憶を頼りにページを辿ると、桜の花弁の一片がページの間に挟まっていた。
「安い依頼料だな」
探偵社の垂れ流しのテレビから流れるニュース、見覚えのある公園。
「桜の木の下から発見された複数の遺体は白骨化した女性1名と男性8名で………」
俺は昼飯の唐揚弁当を口に運びながら想像した………1人の女と男達を、絡み合う白骨達を。
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