【連作短編】探偵物語日記③〜創造主は遊ばない〜
依頼人は高校生だった。髪は長めで面長な様子から勝手に引退したサッカー部かと思ったが、野球部部長17歳、つまり高校2年生だった。今時の野球部は坊主頭がでなくていいらしい。依頼料が不安だったがお年玉とバイトで貯めた金は想像以上に纏まった額だった。しかし、相手は未成年。さすがにそのまま受け取る訳にはいかず、家を訪ねて保護者からも事情を聴くことにした。道中、身の上話を聞いた。 彼には失踪した歳の離れた兄がいるらしい。兄と言っても義兄らしく、今から話を聞きに行く母の息子だ、依頼人は父の子ということだ。今回、霊は関係なさそうだ。
依頼は兄の捜索ではなかった。
母親と依頼人の関係は良好そうで、他人から見ればまごうこと無き親子である。むしろ失踪した息子の話になるとよそよそしいほどだった。理由も分からず失踪した身内の話となると、どこか気まずいものなのだろう。
結局、母親の世間話などを挟みながら依頼を聞き終わった頃には、出された茶菓子で腹が膨れていた。
依頼内容はゲームの制作者を探して欲しいとのことだった。兄が失踪して半年が経つらしいが、日頃から兄の私物をこっそり拝借していた弟は兄のパソコンに残されたゲームで遊んでいた。そのゲームはRPGで、1ヶ月に1度ほど更新されていたらしい。しかし、2ヶ月ほど前から更新されなくなり、ゲームの制作会社が廃業したのではないかと、どんなに検索しても見つからず、学校で同級生に聞いても誰も知らないマイナーなゲームらしかった。実際に俺もその場で検索したが見つからなかった。コレは面倒くさい。こういう場合は霊関係の方が幾分楽かもしれない。
「そう言えば、アレも2ヶ月くらい前からよねぇ」 母が額についた蝿を手で払いながら言った。
「アレ、とは?」
「いえ、あったというより終わった。といいますか。何か天井裏で物音がしていましたが、それが2ヶ月くらい前から無くなった気がしまして、まぁ、そもそも気の所為だったんでしょう」
母親はそう言うと湯呑に新しい茶を注いだ。
俺は依頼人に天井裏に上がれないか?と尋ねると答えたのは母親だった。兄の部屋を出た廊下の天井に点検用の入口があった。ハシゴが無かったのでさっきまで茶を飲んで座っていた椅子に乗って入口を開け中を覗いた。
人間というか動物の生活を煮染めたような尋常ならざる腐臭、地獄の如き羽虫が飛び交う中に光が差し込んでいる。パソコンのディスプレイの光だった。目が慣れてきて照らされているソレが見えてきた。人間の死体だった。
俺は警察の取り調べで疲弊した体に鞭打って、職場に帰り報告書を書いた。死体はやはり失踪した兄で、どうやら自分の部屋のパソコンに屋根裏のパソコンを直結させ、家族に気づかれないようこっそり生活しながら自作ゲー厶の更新を続けていたらしい。あの狭い空間でうつ伏せの生活していた為か心臓発作で息絶えたらしい。因みに兄の霊は居なかった。弟が楽しそうにゲー厶をする様を見て、或いは次の更新を楽しみにする弟を見て満足して成仏したのだろうか。
しかし、半年近くも屋根裏で生存していたわけだから、家の食料なんかを拝借していただろう。人間一人分の食料が家から消えていれば誰かが気づくのではないだろうか。もしかすると母親は兄が屋根裏から降りてきては食料品なんかを持っていくのを知っていたのではないのだろうか。
依頼人の兄が作ったゲームのタイトルは『Create your story』つまり"君の物語を創れ"。あの後、弟から連絡がありゲームが自分で創った物語を追加できる仕様になっていたらしい。兄は弟にゲームの続きを創って欲しかったのかもしれない。俺は報告書を書き終え、パソコンをシャットダウンしようとホーム画面を見ると見覚えの無い地球儀のような青い星のアイコンを見つけた。いや、俺のパソコンのホーム画面にはこんなもなは無かったはずだ……。このゲームは……そうか兄はネットに……。ああ、これから先も彼は創り続けるのだろう終わらない物語を。俺は何だか嬉しくなって、見覚えのあるアイコンをダブルクリックした。
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