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【ショートショート】白銀の背中を

白い轟音の中。皮膚はもはや痛みを感じること無く鋭く突き刺さるような吹雪の振動だけを伝える。まつ毛は凍りつき辛うじて目を開けることができる。僅かな視界の先に薄い人影を捉えながら、見失わないように必死で歩を進める。人影の正体は俺の相棒だ。しかし、アイツは俺を案内している訳ではない。俺はアイツを追い越さなければならない。さもなくば、俺は間違いなく死ぬだろう。三年前に俺が殺したアイツと同じように。


三年前、吹雪の中で俺はアイツを殺した。
仕方が無かった。滑落したアイツは崖で宙吊りになっていたのだろう。俺は踏ん張って現状を維持するのが精一杯だった。名前を呼んだが吹雪の轟音にかき消される。俺の力も尽きようとしていた。朦朧としながら、俺は残った力でナイフで相棒と俺を繋ぐザイルを切った。俺の手には歪な切り口のザイルだけが残った。

あれ以来、俺は誰とも組まずに山に入った。そして誰もいなくなった今はただ死んだはずのアイツの背中を追う。もう少し、もう少しでアイツの肩に手をかけられそうだったその時、視界が全て白くなった。
意識が戻ったが、雪崩の中で崖を滑り落ちていた。上も下も、右も左も分からず藻掻いていると右手が何かを掴んだ。俺はそれに必死にしがみついた。
何度も意識を失いそうになった。何時間経っただろうか凍てつく寒さも僅かに和らいだように感じた。凍ったまつ毛は溶けて水滴が朝日に輝いていた。掴んでいた何かを見上げた。それは俺の右手をしっかり掴んでいた。見覚えのある手袋を着けた腕が氷の壁から突き出ていた。


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