思うよりも人はやさしい

お気に入りのキーホルダーがないことに気づいた。
学生カバンの表側につけていたトリのモチーフのキーホルダー。

床を探しても落ちていないし、机やロッカー、教室中をまわっても見つからなかった。朝登校したときはついていたのに…
‘’かわいいから誰かがひものところをひきちぎって持っていったのかしら‘’

残念な気のまま放課後になって校門をくぐった。

学校の帰り、学生カバンを持ったままなんとなく近所を寄り道しようと思い立った。大通りをそれる道に緑道があり、そこへ入ると、上から下まで木と草と花で満ちていて、目のやり所に贅沢に困った。家の近所にこんな場所があったんだ。

緑道の途中、質素な服を纏った貧相な顔のおじさんが中腰にかがんで、台に置かれた水槽を覗いていた。水槽には、一匹のカメがおじさんの顔へ向いて短い足を動かしていた。
おじさんはこっちを見、何か言いたそうに、もしかしたらわたしを呼び止めそうにしているよう思えたのでわたしはプイッと無視して何もなかったかのように歩を進めた。

カメは好きだがじじいはきらい。カメは口パクパクしてかわいいがじじいは口臭い。カメは甲羅かたいがじじいは頭かたい。カメは足みじかいがじじいは気がみじかい。カメは撫でたくなるがじじいはならない、向こうからさわってくるし。

気づいたら平和な緑道をあっという間に抜けていて、住宅街へ入る小ぶりの横断歩道を目の前にしていた。大通りに戻って家路を進んだ。家へ帰ると誰もいなかったが、友だちに借りたヘッセの詩集を読もうと学生カバンを開けたら、なくなっていたキーホルダーがコロンと転がってきた。なんだぁ、カバンから外れて床に落ちたのを誰かが見ていて拾って、なくさないようにカバンのなかに突っ込んでくれていたのかな。

思っているよりも人はやさしいものなのかと考えた。

後になって、隣のクラスの人たちが廊下で喋ってるのを盗み聞きして知ったのだが、緑道にいたあのカメは一匹で数十万とかする超高級な品種らしく、おじさんはそれの主人で無料で譲る先を探していたそうだ。オークションなんかに出すと、高い値がつくのだが、趣味のコレクションとしてカメが扱われるのがイヤで、純粋にかわいがってくれる心のやさしいこどもや学生を探していたとか。結局、新幹線で三時間ほど離れたところの老夫婦が良い値段で買い取ったみたいだけどね。