秋の始まりの話
なんとなく気分がいい日
今日はなんでもない土曜日だった。金曜日まで普通に働いて、ちょっと早めに寝て、ちょっと遅めに身体を起こして始まった朝。昨晩はこの土日は何をしようか、近くの銭湯でも行こうかな、いや早起きして少し遠出してみるのもありだななんて考えながら寝落ちしていた。結果、決まっていたのはとりあえず6時に起きようということだけで、そのために目覚ましを設定して、そうしたら朝だった。約束の6時に目覚めたのはいいが、特に予定もないから身体を動かす気にはならない。でもせっかく起きたのだからと、寝転んだままスマホでグーグルマップを開き、今日の予定を考えてみようとする。そうして、次の瞬間には10時だった。寝ていた。外を走る車の走行音には、水を弾くような音が混じっていた。夜降った雨で道路が濡れているのだろうか。もしかすると今も雨が降っているのだろうか。そんなことを考えながら部屋のカーテンを開く。雨は降っていない。空は曇っているが、青空が広がっていないことになぜかほっとした。たくさん寝たことで、身体には体力、心には気力が満ちていた。一日が始まった。
そういえば秋だ
まず軽くご飯を食べ、シャワーなどなど朝のルーティーンを済ませる。スマホで色々と調べ物をしながら歯磨きをするから、必要以上に時間がかかる。天気予報によると、今日は気温が上がらず秋らしい一日になるらしい。そういえば秋というものがあった。もう長いこと暑いから、四季というものを忘れかけていた。思い返すと、6月頃、夏が来る前には早く夏になればいい、8月の空が楽しみだなあなんて考えていた。今は8月なんて暑くて鬱陶しいだけの一ヵ月だと思う。早く夏が終わればいいと強く思っていた時期もあった。それも昔、今や夏が終わるのをほとんど諦めてしまっていた。夏が続くことを無意識に受け入れ、もはや夏に対して文句も言わなくなっていた。四季、そして夏という概念がぼんやりとしていき、溶けて消えていた。そんな中、秋らしい一日が突然訪れることになった。歯磨きをしながら少しウキウキしていた。外が涼しいということはきっと散歩日和だな、とりあえず近所をぶらぶらしてみようかななどと考えながら外に出る準備を進めた。
いつも通りの有り様
季節が変わっても、自分自身が変わるわけではなく、つまり気付いたら14時だった。もう準備は万端で、いくらでも出発するタイミングはあったのに、なぜかまだ自宅にいた。空腹でぼーっとしている頭のまま、快楽にまかせてゲームをしていた。せっかくの休日はどんどん終わっていくし、腹が減りすぎて死にかけていることも自覚しているのに、あとちょっと、これで最後と言いながら延々と別の世界で戦っていた。どうしてこうなのだろう。毎日がつまらないとか言ってるくせに、いつも通りの毎日を強く握って離さない。変わりたいなら、変えたいのなら、自分でその手を離せよ。そんなことを考え、そして何度も忘れることを繰り返しながら、延々と戦っていた。この戦いは今日も夜まで続くかと思われたが、奇跡的に割と早いタイミングでトイレ欲が現れたため、半強制的に現実世界に戻ってくることができた。トイレで一旦冷静になり、再び秋の涼しさを想像し、ウキウキを取り戻した。散歩行くぞと心に決め、他の誘惑に捕まらないように少し早歩きで部屋の中を移動し、リュックを背負い、ようやく玄関を開けた。涼しい。明らかに快適そうな空気に触れ、自然と笑っていた。かもしれない。
心のままに
やはり涼しいと歩きやすい。いつもより足が軽い気がするし、心もなんとなく爽やかだった。今日は近所を適当に散歩して、入りたいと思った店にふらっと入ろう、自分の好きなようにしていいんだ、そう思えた。なるべく行ったことのない方へ向かう、それだけをルールにして歩いていた。車の通りが多いのに信号機が付いていない横断歩道、ベンチに座って読書するのに良さそうなのに肝心のベンチが汚い公園、今度行きたいと思っている銭湯、いい感じの名前の神社、こんなところに洒落た雰囲気のパン屋、多分グーグルマップでいつか見て名前だけ知っている気がする焼き鳥屋、歩道橋を使わなきゃ向こう側に行けなさそうと思ったけど別に必要なかった道、などなどたくさんの発見があった。その中にオープンしたばかりだというラーメン屋もあり、ふらっと入った。昼のピークタイムはとっくに過ぎていたこともあってか、店内に他の客はいなかった。正直、ハズレの店に入ってしまったかもと一瞬思ったが、美味しくなくてもそれはそれでいい発見だよねとすぐにポジティブになれた自分に驚いた。実のところ、そこで食べたラーメンは特別に美味しいということはなかったが、無難に美味しかった。お腹が満たされた満足感とともに、無難に良いと思えるものを選べたということに対する達成感があった。自分で選択したのであれば、特別なものじゃなくても満たされることはできるのだ。なんて訳の分からないことを考えながら、ラーメン屋を後にした。
ちょっとした憧れ
地図を見て近くに図書館があることを知った。これまでの人生で図書館という場所に行ったのは数えるほどしかなく、最後に図書館に行ったのは数年前になる。その時は、大学のレポートを書くために図書館という場所を使っただけで、本を借りるという行為をした経験を記憶の中で探すと、もしかすると中学時代が最後かもしれない。それもおぼろげな記憶だけで、何を借りたのかなんてことは覚えていない。そんな自分だが、今日はこの図書館に行ってみたいと思った。そう思ったのは、読書をするようにしてみようかな、あわよくば日課とか趣味にできたらいいなと最近考えていたからだった。休日に趣味で本を読むという生活に憧れのようなものがあったのだ。だが、そのように読書に興味を持ったのは今が初めてではない。何度も憧れつつも、買った本を読まなかったり、なんとか一冊読み終えても次の本にはなかなか手が出なかったりして結局読書を継続することができずにいた。そんな中、図書館で本を借りるという案を思い付いた今日の自分は冴えている。借りるのならばお金がかからないから、読めなかった時の罪悪感が軽減されるだろうし、何より借りたものならば返さなければならないから、本を手に入れただけで満足して読まずに放置してしまうということもきっとなくなるだろう。素晴らしい一日になりそうだなあと思いながら、図書館へと向かうことにした。
素敵な時間
どれくらいの大きさなんだろう、綺麗なのかな、人は多いのかな、と考えながら図書館の方向へ進む。親子連れや小学生のようなグループが楽しそうに遊ぶ公園があった。広く、それなりに整備された公園で、自分が子どもの頃にこういう公園で遊びたかったな、親子で公園ってなんかいいな、なんなら今から子どもたちに混じって遊びたいななんて思っていると、目的の図書館に着いた。公園はこの図書館の敷地の一部みたいなもののようで、その事実から、図書館本体の規模も相当に大きいのだろうと勝手に想像していた。そしていざ中へ。広くて明るく開放感のある作りだなあと感じた。いかんせん他の図書館のことをよく知らないので比較はできないが。本が並ぶ棚のほとんどが自分の身長と同じか少し低いくらいの高さだったのが印象的。より多くの人が、全ての本にアクセスしやすいようにという配慮なのだろう。もしや過去に訪れたことのある図書館もみんなこんな感じだったのかなとふと思い記憶を辿るが、どこもかなり高めの棚が並んでいたような気がする。自分の身長が伸びただけなのだろうか。それ以外にも建物の構造とか図書館スタッフの様子、利用者の年齢層や座れる場所はあるかなどを観察しながらとりあえず適当に館内を歩いてみた。
新たな居場所
特に目当ての本や目当てのジャンルはないから、ただただ適当に歩いて並んでいる本の背表紙にざっと目を通していく。たまたま気になるタイトルがあれば手に取り表紙を確認する。読めそうな本だと感じたら目次と本文の最初を軽く読んでみる。続けて読みたいと感じたらスマホにタイトルをメモして一旦棚に戻す。そしてまたたくさん並ぶ本の背表紙に目を通していく。これを繰り返した。そうして何冊か読みたい本をピックアップした。その中の一冊を直感で選び、手に取り、空いている席を見つけて座った。選んだ本は随筆に分類されていた。本の内容は割愛するが、時間を忘れて読んでいた。それくらい自分にとって面白い内容だった。それに加え、図書館で本を読むという経験も面白かった。老若男女の利用者が、本を読んだり勉強したり寝ていたり、そんな様々な人たちの中に自分もいた。基本的に静かな空間だから自然と心も静かになり、他者や、他者の中の自分という存在をよく観察することができた。色々な人たちが、目的はそれぞれ別々だとしても、同じ場所に集まり、ある程度同じルールに則って行動している。その中に自分がいることが嬉しかった。一人じゃないと感じた。生きていると感じた。書いていて大袈裟だなと思っているが、たしかにあの時の自分はそう感じていた。16時45分、もうすぐ閉館だとアナウンスされる。当初の目的だった本を借りるということはまだしていない。だが、本を借りてどこか別の場所で読むよりも、またここに来てここで本を読みたいと思った。だから借りることはせずに外に出た。また来たいと思う場所ができた。
秋の始まりの話
今日は秋分の日。自分の中にも新たな季節が動き出した感覚がある。たまたま休日に散歩に出てみたら、自分の新たな居場所となり得る場所を見つけた。季節の変わり目は自分が変わるきっかけになるかもしれない。まだ家を出発してからそれほど時間は経っていないが、いい収穫があったので今日はもう帰ることにする。シャッターの閉まった店が並ぶ商店街が妙に落ち着くな、ガソリン190円は高いよね多分、なんて考えながら歩いていたら知っている道に出ていた。数メートル先、歩道の真ん中でおばさん3人が井戸端会議をしている。その横を迷惑そうな顔で通り過ぎる、自転車に乗ったおじさん。気持ちとても分かります、と思いながらもおばさんたちが楽しそうで何よりだなあと思った。井戸端会議の横を何も思っていないような顔で通った。前から若い女性がベビーカーを押して来る。ベビーカーを押しながらも左手には小さな子どもの手が繋がれている。大変そうだなと思った。何も力になることはできないけど、せめて邪魔はしないようにしたい。歩道の中でもなるべく車道側を極力違和感のないように歩いてすれ違った。今日はなんとなく気分がいい。
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