いしば

ひとり暮らし 読書と旅が好き

いしば

ひとり暮らし 読書と旅が好き

最近の記事

静寂と友だちになりたい

会社の同僚の部屋で宅配ピザを食べながら、最近あった楽しかったことやこれから行ってみたいお店の話や会社の人の噂話で盛り上がった。夜も遅くなったので車で送ってもらうことになり部屋の外に出ると、ひんやりとした夜の空気が澄んでいて心地よかった。遠くに雨の匂いがした。歩いて帰ることにした。 楽しかった時間のあと、ひとりの部屋に戻ると決まって心が焦るような気がする。友だちや同僚と会うと、孤独な精神同士が一瞬だけ交差するからかもしれない。不思議なことなんだけど、決まってみんな、ひとりの部

    • 言葉についての祈り(あいまいなものの尊さについて)

      「言葉にならない思いを言葉にしないまま抱えてほほ笑むことができる人間になりたい。」 いつ書いたのか不明だが、折々書き足している手記にあった言葉だ。文章を書けることをたまに羨ましがられるが、書く生活はそのまま「上手く書けない苦しみ」の生活だと言えたらいいのに。 本を読み、文章を書き、言葉を紡ぎ続けるほど深刻になっていく実感。それは「ほんとうのことなど決して言葉にしえない。少なくともわたしには。」ということ。人生を生きていて、確かに色々なことを感じている。それをなるべくそのま

      • 心は閉じてゆく

        またしばらくの間文章を書くことから離れていたような気がする。誰かと食事したり、友達と会ったり、本を読んだりしていた。出勤日もあったけれど、休みのほうが多かったような。長い夏休みだったな、もう終わりか、と思う。難しいことは考えずに、ひたすら楽しみ、ぼーっとしていた。 わたしにとっては難しいことを考えてしんどい気持ちになるのが平時で、それから解放されるのが「休み」らしい。そんなことなら一生休みが良いのだけれど。 休み中を思い返すと、小規模な幸福のかけらがたくさんあった。豪雨の

        • 夏がやってきた

          いつの間にか梅雨が明けていた。気がつかなかった。鈍い頭痛が毎日治らなくて、そんな中で仕事をしたりごはんを食べたりして淡々と暮らしていたら、4連休がやってきた。 慌ただしくあちこちから集まった友人たちと合流して、海の近くの旅館に向かった。山口県萩市。伝建地区の古びた町並みと、青く輝く日本海。強すぎる太陽の光にぐったりしながら町じゅうを歩き回った。汗がじわじわ滲んできて、でも時々吹いてくる風は心地良かった。 暇になると友人たちはスマホをいじっていた。わたしはぼーっとするか、音

        静寂と友だちになりたい

          『映画:フィッシュマンズ』を見た

          フィッシュマンズを聴き始めたのは、ここ1年くらい。弟に教えてもらったのがきっかけだった。ひとりの部屋で、ベッドに横になって聴いていると、夜の海にぽっかりと浮かんでいるような感じがした。心がざわざわと波だっていても、フィッシュマンズの音に身をゆだねていると、しん、と静かになった。このすばらしい音楽を誰かに伝えたいと思っても、表現する言葉がわからなかった。説明をした瞬間に、陳腐に聞こえてしまう気がして。 映画は、メンバーや関係者へのインタビューと、過去の映像で構成されていた。ボ

          『映画:フィッシュマンズ』を見た

          遠きにありて思ふもの

          会社のオフィスで、パソコンのキーボードを叩きながら、周囲のざわめきの中で意識を集中していたら、一瞬、ふと昔過ごした夏が浮かんだ。故郷の街、生温い夏の夜の空気、街灯に照らされた細い住宅街の道。神社。ひしめき合う人、汗のにおいと屋台の甘い匂いやしょっぱい匂い。中学の同級生。テキヤさんの日焼けした顔。たくさんの色の光。 もしかしたら永遠に戻れない景色。 かつて、四季はもっと色濃かった。学校に通っていたからだろうか。小さくて、でも密度の濃い街だったからだろうか。懐かしい、とも、戻

          遠きにありて思ふもの

          灯火が立った

          今日は電車に乗って知り合いのいる町へ。また行くね、と言いながら半年ぶりくらいの訪問だ。 電車の窓から溢れそうなくらい海が見える。海岸を見てみるとさざ波ひとつ立たずに凪いでいる。わたしのいちばん好きな、凪の海。雲ひとつない空。静かな情景。 久しぶりに会ったら、今日の海がとても凪いでいて美しいことを教えてあげよう。 …と思ったのだが。そんな話をすっかり忘れてしまっていたことに、帰りの電車で気づく。 とても楽しかった。心に取り憑いていた重苦しい膜が少し薄くなったような気がす

          灯火が立った

          おばあちゃんのこと

          (別アカウントで書いた記事の再掲です。) 記憶の中の祖母は、ずっと家で寝ているか座っていて、とても偏食で、偏屈ないじわる婆さんだ。祖父はわたしの生まれる前に外国で亡くなっていて、わたしは写真でしか顔を知らない。もうおばあちゃんと一切口を聞いてやらないんだ、と泣きそうになりながら決心したことが何回もあったけれど、具体的に何があったのかは思い出せない。自分の意思というか、要求をけっして曲げない人だったから、それで両親と衝突しているところをみるのがつらかった。 わたしがくだらな

          おばあちゃんのこと

          奈良ひとり旅 よかった場所

          旅先で感動したものを言葉にするのが苦手なので、その練習がてら書いてみる。色んな神社仏閣を巡った。どこも素敵だったけれど、特に気に入った場所3つ。 第3位:大神(おおみわ)神社 日本最古の神社。パワースポットとして有名な場所だ。残念ながらわたしは霊的な感応力みたいなものが無いので、本当にパワーにみなぎる神社なのかどうかは分からなかった。 でも、どことなく親しみやすいような雰囲気は感じた。ちょうど祭事が執り行われていて、柔らかな色彩の装束をまとった綺麗な巫女さんたちが神楽を

          奈良ひとり旅 よかった場所

          旅するように生きていけたら。

          ちょっとの間旅行をしていた。ひとりで奈良の古寺を巡ったのだ。ひとりで旅をしている間は、わたしそのものになれる。行きたい場所を自分で決めて、見たものや出会った出来事に自分の心だけで向き合う。 家に帰ってくると、さっきまで春日の神域の空気に圧倒されていたことや、文殊菩薩像の精緻な顔付きに惚れ惚れして時間が止まったような気がしていたことなどが、急速に遠くなる。明日からまたいつもの日々。 出会った仏像のこと、初めて知ったこと、美しかった景色、それら全てを正確に書き留めることができ

          旅するように生きていけたら。

          回復に費やした一日

          仕事が地味に忙しい。加えて、資格試験の勉強も始めた。でもなぜか最近調子が良くて、学生時代にあれほど嫌だった理系の勉強ができるようになっていた。(自慢じゃないけどセンター試験の数学で1桁の点数を叩き出した。)休日でも5時間くらい机に向かって参考書を読んでいた。すごい!自分は生まれ変わって、真面目に勉強できる人間になったんだ!と思い込んだ。 だが、何というか、拒否反応なく勉強に集中できるくらいまともな人間になれたというのは錯覚だったっぽい。試験は10月。今までも会社から受けろと

          回復に費やした一日

          4日間旅した傘

          その朝は雨が降っていた。会社に着いた頃には靴下がすっかりびしょ濡れだった。職場の人たちと草むしりをする予定だったけれど、無しになってしまった。 仕事を終えて会社を出ると、雨は止んでいた。少しだけ青空が見えた。気分が良かったので、そのまま電車に乗って大きな街で降りた。資格の勉強をしろと上司に言われたので、新しいノートを買いたかったのだ。 ノートを買い、行きつけのレストランで夕飯を食べた。幸せな気分でまた電車に乗り、家に帰り着いた。その時に気がついた。傘がない。 さて、わた

          4日間旅した傘

          創作したい、という焦燥感

          とても久しぶりに友人たちと通話をした。相変わらず、創作活動に熱心だ。いつもその友達は同人誌を作っている。1年に何冊も描く。わたしと同じように会社勤めをしながらコンスタントに趣味の創作活動を続けられていることにびっくりさせられる。 友人の多くが、絵を描くことを日常にしている人だ。その人たちを見ていると、絵を描けない自分がひどく貧しい人間であるような気がして、劣等感のような、焦燥感のようなものを感じることが多かった。 絵は描けないが、小説なら。そう思って始めた創作活動は、結局

          創作したい、という焦燥感

          「ミル」って何だ?

          黒コショウが切れてしまった。小さなS&B製の瓶。逆さまにして振るとそのまま粉で出てくるやつだ。 買い替えなくては、と思った時に、頭に浮かんだのはいつも見ているオシャレな暮らし系YouTuberが使っている、瓢箪みたいな大きな入れ物に入った胡椒だ。こんなやつ。 そうだあのオシャレなやつを買おう!と決意。そしてリサーチを始めたわたしは、それが粒状の胡椒の実を使うときに削るための容器だと知った。「ミル」と言うらしい。 「ミル」 ・・・何となく聞いたことのある言葉だった。大きな

          「ミル」って何だ?

          わたしが本を読む理由

          須賀敦子さんの全集をぱらぱらとめくっていたら、こんな言葉を見つけた。 平和だ、平和だとうかれている今日の社会が、人間が、われわれの知らないところで腐敗し、溶解しはじめているとしたら、それは戦争で人を殺していたときと、おなじくらい、もしかしたら目に見えないだけもっと、恐ろしいことなのではないか。 わたしは社会ということを思うと、寒々しい荒野にひとり立たされているような気持ちになる。 運よく友だちとすれ違って、一瞬抱きしめても、またすぐに去っていく。 わたしが選んだわけで

          わたしが本を読む理由

          楽しいことを、楽しいままに

          平穏に慣れない。暑くも寒くも眩しくもない日。窓を全開にして涼しい風を楽しみながら、哲学の本と、仏像の事典を交互に読む。楽しい。こんなに楽しくていいのだろうか。 わたしの脳内には変な羽虫が寄生していて、少しでも楽しくそして静かな時が続くとその平穏を邪魔しにかかる。過去の数え切れないほどの失敗や苦悩、人に迷惑をかけたこと、人に言われた恐ろしい言葉。「お前はだめだ」という呪い。頭の中にブンブンと飛び回る。 せっかく苦労して手に入れた平穏は、世間的には異様に見えるらしい。わざわざ

          楽しいことを、楽しいままに