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夏がやってきた

いつの間にか梅雨が明けていた。気がつかなかった。鈍い頭痛が毎日治らなくて、そんな中で仕事をしたりごはんを食べたりして淡々と暮らしていたら、4連休がやってきた。

慌ただしくあちこちから集まった友人たちと合流して、海の近くの旅館に向かった。山口県萩市。伝建地区の古びた町並みと、青く輝く日本海。強すぎる太陽の光にぐったりしながら町じゅうを歩き回った。汗がじわじわ滲んできて、でも時々吹いてくる風は心地良かった。

暇になると友人たちはスマホをいじっていた。わたしはぼーっとするか、音楽を聴いていた。4日間ほとんどモニターを見ずに過ごしていたら、いつの間にか頭痛は楽になっていた。

海水浴客で賑わう砂浜を横目に、あまりの暑さに黙り込みながら歩く海辺の道。歩くために前を向くけれど、すぐにまた海のほうを向いてしまう。きらきら光って、何種類もの青があって、楽しそうな家族連れがいて。視線を戻すと、友人たちはあっという間に先に行ってしまっていた。その背中を小走りで追う。ただそれだけで、楽しいなあ、と思う。

翌朝、早く目がさめた。ぶ厚いカーテンのすき間から、琥珀色の光がさしていた。そっと布をめくってみたら、窓の外の海に、朝日がきらきら光っていた。優しい色をした海だった。思わず見とれた。そうしていたらひとりが起きてしまったみたいで、かぼそいおはようが聞こえた。ふたりで目の前の海に繰り出すことにした。

外は涼しかった。誰もいない、早朝の海。ほとんどさざ波だった。深呼吸をして、靴を脱いで、ロングスカートをたくし上げて海に入ってみた。海水は透き通っていて、足裏から伝わる砂の感触は柔らかだった。ひんやりと冷たくて気持ちがいい。朝のひかりと、静かな波の音と、水の感触と。その瞬間、わたしはとても満たされていた。

この満たされている瞬間が永遠のものではないことが不思議で仕方ないような気がした。数日後にはまた会社のオフィスで、パソコンの前だ。どんどん時間は進む。すべては過ぎ去っていく。友人は朝風呂に行ってくると言って、旅館へ戻った。わたしはひとりで砂浜に座り、いつまでも海を見ていた。朝日が高度を上げ、昼間の夏らしい光に近づくまでずっと座っていた。

今はそれから2日後の夜。またみんな帰ってしまった。ずっと見ていたかった。海の青も、光の青も、友だちの後ろ姿も、ぼーっとしながら支度する様子も。もしかしたらわたしはさみしがりやなのかなあ。この気持ちは、孤独が好きな気持ちと奇妙に同居している。ひとりも好きだし、みんなといるのも好き。

夏だねって言って、暑いねって言って、同じ海を見てきれいだねって言って、美味しいものを一緒に食べて、暑くてへとへとになって黙り込む。友だちってそれくらいでいい。


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