第七官界を彷徨しよう!

 数年前、尾崎翠の「第七官界彷徨」(岩波文庫)を読んだ。ちなみに、'おざき'ではなく'おさき'である。

 語り手の小野町子は女中部屋に住む女中で、同居人は長兄・一助、次兄・二助、従兄の三五郎。将来、詩人になることを夢見る町子は、人間の「第七官界」にひびくような詩を書きたいと思っている。「心理医者」の一助が専門とする「分裂心理学」や、大学生の二助による蘚の研究、そして音大を目指す予備校生の三五郎との恋模様を軸に、町子の心情が語られる。それは、「第七官」を探る試みでもあった。

 非常に観念的な作品を想像していたのだが、むしろ日常性や生活感があり読みやすい印象だった。しかしストーリーや設定に、作者のどのような意図が込められているのかは測りがたい。「夜学国文科」や「宗教女学校」などの独特な表現は、何となくゆかしげで面白かった。

 共感できるのは、p.25にあるような、学問をまなぶことによって芸術的な着想が得られるのではないかという期待だ。私も以前は学問と芸術を同列に捉えており、学問を身につけることで芸術的感性が磨かれると考えていた。だが今では、両者は異なる部分が大きいと私は見なしている。

 また、「第七官」という発想は、ランボーの「見者の手紙」を思わせる。かの夭逝の天才も、未知なるものへの到達を目指した。しかしながら「第七官界彷徨」は、全体としてはロマンチックなものを否定している作品とも言える。家が常にこやしの臭いが立ちこめていたり、恋愛が蘚の繁殖に例えられていたりするからだ。

 ところで、講談の「は組小町」という演目に、三五郎なる人物が出てくることを最近知った。小野町子の名の由来も小野小町なので、何か関係があるに違いないと確信。NHKの番組で観てみたが、今一つ共通性は見出だせなかった。結局、煙に巻かれたような格好だ。

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