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小説|晩産のたしなみ。

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いわゆる晩婚、もしかしたら「晩産」に至れるかもしれない40代のリアルデイズ……。いちコピーライターとして初めて書き残したくなった自分ごとは、苦節9年、不妊治療の行末でした。普通の…
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#眠れない夜に

DAY20.  この世界の愉しみかた

DAY20.  この世界の愉しみかた

 まんちゃん。この子に、名前がついた。ついてしまったと言うべきか。

「お腹にいるときに呼ぶための胎児ネーム? そりゃあ、まんちゃんでしょう」

 夫が勝手に言い出したのを、最初は「なんかヤダそれ」と笑っていたのに。妙にインパクトがあって、それ以外思いつく間もなかった。

 2022年3月26日。妊娠判定日は“今年最強の日”だった。風水だか暦的なものだか、実際のところなんだかよくわからないけれど。

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DAY18.  小さな小さなきらめく卵の物語

DAY18.  小さな小さなきらめく卵の物語

 昨夜遅くまで降り続けた雨の余韻をそこかしこに残す街を、真正面からの太陽がさやかに照らし出している。いつものクリニックへ向かう助手席で思わずスマホを取り出して、カシャーンカシャーンとその光景を撮ってみた。

 2022年3月19日。今日という日は、記念すべき日になるだろうか――密かにそんなことを思いながら。

「ちょっと、何撮ってんの」

 運転席の夫が怪訝な顔をしてこちらを見やる。

「え、いや

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DAY17.   豆ごはんを食べた日のこと

DAY17.  豆ごはんを食べた日のこと

 突然、戦争が始まった。日本で、あきれるくらいのほほーんと暮らしていた私にとっては、本当に突然に。

 右手のスマホには、同じ空の下、遠いウクライナの地で武器配布所に集まった男たちが次々に銃を手に取っていく姿が映し出されている。ダウンジャケットを羽織り、ジーンズを履いた、ごくごく普通の民間人ばかりだ。

 次の動画では、頭に火砲を携えたロシア軍の装甲車が信じられない数連なって大通りを進んでいく。き

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DAY10.  タイムラインの世界線

DAY10.  タイムラインの世界線

 子どもがいる未来も、子どもがいない未来も。いまだ描くことができずにいるジレンマの只中で。

 人流が減ったのか、ワクチンの効果なのか、専門家もあまりはっきりとした原因がわからないまま、コロナの新規感染者数は明らかに激減している。

 この9月いっぱいで、とうとう東京の緊急事態宣言も明けるらしい。ここまで長く自粛を強いられ続けると、もはやどこか他人事のようで、私にとってはどうでもいいニュースになり

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DAY9.  愛しのハムサンド

DAY9.  愛しのハムサンド

 クリニックへ向かう道中の私たちは相変わらずだった。家で淹れてきたコーヒーと、コンビニで買ったサンドイッチを朝食にしながら、夫が車を走らせる。

「これ、どれ食べていいの?」

 夫セレクトのラインナップは、それぞれ2つずつ入ったブロッコリー&チキンと、マスカルポーネ入りブルーベリー&クリームチーズ。それから、3つ入りのジューシーハム。

「好きなの食べて」

 いつもの返しがきて、私は重ねて聞く

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