昼月まひる

本業はコピーライターしてます。実体験の不妊治療を小説化したものなど、思いつくままに。す…

昼月まひる

本業はコピーライターしてます。実体験の不妊治療を小説化したものなど、思いつくままに。すべて無料記事なので、良かったら覗いていってください🙌

マガジン

  • 小説|晩産のたしなみ。

    いわゆる晩婚、もしかしたら「晩産」に至れるかもしれない40代のリアルデイズ……。いちコピーライターとして初めて書き残したくなった自分ごとは、苦節9年、不妊治療の行末でした。普通の夫婦が、普通に不妊に悩み、普通にわが子を望む毎日。不妊治療をすることに、何も特別なことなどないのです。そんなお話を。📖一話読み切り、すべて無料記事です🤝

最近の記事

DAY32 .  10年目の遅咲きを待ちながら

 ふたりめの弟が生まれたとき。すでに弟をひとり従えていた私はもうすっかり母親気どりで、この子の名前は「桃太郎」がいいと言ったらしい。自分にだって、本当はもっとふさわしい名前があるのだと。  さくら  5歳の私がなぜか名乗りたがったというその名前は、儚い春の香りがした。  一年のなかでも、桜の時期が一番好きだ。なんでこんなにも心惹かれるのが、ほんのひとときだけ美しい姿を見せてすぐに散ってしまうこの花なのか。いかにも被虐趣味めいている。  今年は暖冬だから、きっと桜の開花

    • DAY31 .  今年最後の大勝負

       あれだ、あれと同じ感覚。宝くじを買ったときの気持ち。   「宝くじなんて、そんなんで運使っちゃたくないし」とか言って、滅多に買わないんだけど。これまで40年以上生きてきて、5~6回くらいは買ったことがある。  せっかく買っても、「1億円が当たったら」なんてこと、私には全然想像できなくて。「当たったら何を買おう」とか、夢見ることすらできず。とりあえず買ってはみるけど、300円とかしか当たった試しがない。「やっぱりね!」で、いつも終わるやつ。  いつからだろう。ばかみたい

      • DAY30.  その闇をも抱くもの

         その月曜の朝、私はいつものように遅刻気味だった。もうそんなに寒くはない、まだ暑くもない季節。急げば5分の道のりを、ヒールでぎりぎりいけるくらいの走りっぷりで駅に向かっていた。  ちょうど、駅まであと一直線となる角のマンションを曲がったところだった。私の行く先、ほんの3メートルほど前に、落ちてきたのだ。  ダン!!!!!と、大きな音を立てて。男の人が。 「え……」  颯爽と細身のスーツを身にまとったその若い男は、まるでどこかの浮気現場から逃走してきたかのようなシュッと

        • DAY29.  すべからく誰を想う

           やっぱり、あると思う。  ホルモンに関わる投薬の影響。個人差?気のせい?リスクよりもベネフィット?なんでもいいけど、絶望はする。  これから数か月、ただひたすらに連続採卵をしていくのだとして。およそ月の半分は、あのモヤモヤと付き合っていくことになるんじゃないの?もしかして。 「弁当ってさ、ちょっとワクワクしない?」  薄曇りの昼下がり。いつもの草むらを熱心に嗅いでまわる犬にリードを引かれながら、夫が言った。昼は近くのスーパーにでも、散歩がてら弁当を買いに行こうかと誘

        DAY32 .  10年目の遅咲きを待ちながら

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        • 小説|晩産のたしなみ。
          33本

        記事

          DAY28.  遅れてやってきたひなまつり

           女の子、だった。   流産手術の後、絨毛検査でわかったのは、今回の流産がやはり受精卵の染色体異常によるものだったということ。そして性別だった。何番目の染色体がトリソミーだったかとかなんとかは、もう覚えていない。  2度目に流産したのは男の子で、今回の3度目は女の子で。1度目は検査ができなかった。  性別を知らされると、とたんに胸が詰まるような実感が押し寄せてくる。それでもやっぱり、知りたかった。  私たち夫婦は、2023年の春が訪れる少し前に、およそ2か月をともにし

          DAY28.  遅れてやってきたひなまつり

          DAY27.  いつかの反面教師

           ポチポチと文字を打っては消し、打っては消し。もうメッセージは無しにしようかとも思いながら。小一時間かけてようやくスマホから注文をした。 ◼️メッセージ:お誕生日おめでとうございます。素敵な一年となりますように。どうぞ元気にお過ごしください。  結局、できあがってみれば余計な感情はすべて削ぎ落とされ、いかにも無難な言葉が並んでいる。ちょうどコロナ前の2019年3月にも、同じ店から花を贈ったらしい履歴が残っていた。選ばれているのは、母の好きな黄色の花のアレンジメント。  

          DAY27.  いつかの反面教師

          DAY26.  たい焼きの神さま

           目の前に、2つの選択肢があったら。  リスクヘッジだとかキツいとか、無駄だとか、云々かんぬんを並べ立てるより前に。ごくシンプルに、未来が楽しみなほうを選びたい。  それくらいの自由はあって良いのではないかと思ったりする。私もまた、この世に生まれ落ちたひとりの人間なのだから。  名前もつけられずにいってしまったあの子を思いながら、今日もずっとそんなことを考え続けていた。  考えても仕方のないことを、くどくど永遠に考えている。人間なんてそんなものだろう。    *

          DAY26.  たい焼きの神さま

          DAY25.  シラサギの舞う日に

           つい、出来心だった。最後になるかも知れない移植前に、できるだけストレスを減らしておきたかったのだ。 「なんか、思ってたよりも……。そうか、こういう感じになるんですね……」  これまでにない手触りのする髪を弄びながら、目の前の大きな鏡をまじまじと眺めた。 「もう少し、サラッとした感じになるのかと思ってたな。ブローいらず、みたいな……」  そこに映るのは、ひとり自分の顔を見て苦笑している私と、隣のチェアで何やら憤慨しながら仕事のLINEをやりとりしている夫の姿。その膝で

          DAY25.  シラサギの舞う日に

          DAY24.  終わりのはじまり

           夢を見た。  夢の中で夫は、息子である私の父であった。彼は途方にくれている。いましがた妻を亡くして。  父と息子のふたりきりで、夕食の食卓につく。さて食べ始めようかというところで、父がつぶやいた。 「ほんと、好きだよねぇ。オクラ」 「え?」  僕の声などまるで聞こえない様子で、父はひとり意味深に微笑む。その手には、オクラの入った味噌汁の碗が収まっていた。そこで僕は唐突に思い出す。野菜嫌いの父に母は何かと野菜を足して、特にオクラはその代表格だったことを。  僕の姿

          DAY24.  終わりのはじまり

          DAY23.  マックポテトの誘惑

           姿勢が正せる。それがひとつのバロメーターだ、私の場合。家事をしていても、犬と散歩をしていても、デスクに座っていても。はたと気がついたときに、すっと背筋を伸ばせるかどうか。  どうにも底力が湧かない今日みたいな日は、体の芯みたいなものがくにゃりと曲がって、なんとも情けないことになっている。体は泥のように重い。物理的にも、精神的にも。    デスクでは永遠に椅子にもたれかかって、上目遣いで無為にパチパチとキーボードをたたくけれど、仕事は遅々として進まない。家事や散歩をしてい

          DAY23.  マックポテトの誘惑

          DAY22.  空蝉の記憶

           みーん、みんみんみんみんみいぃーーん……。いつもの川べりを犬と歩いていたら、嘘みたいにど定番な蝉の声が聞こえてきた。  まだまだ鳴き始めという感じ。これがだんだんと層をなして、いつしか途方もない多重奏に、シャワワワワワ……とした「音」へと変わっていく。一年前に全身で浴びたその音は、いまだ私の耳の奥にこびりついている。   あの夏、私は初めて自分の中に小さな命を宿し、それが消えゆくのを呆然と眺めていた。そうして8か月後に、2度目の流産。春の芽吹きとともに最後の日々を過ごし

          DAY22.  空蝉の記憶

          DAY21.  沼の中の泳ぎかた

           夫がつくるわが家オリジナルの「ラピュタパン」は、私が好きな休日の朝ごはんベスト1、2位を争う。  単に、食パンに目玉焼きがのっているだけじゃない。バターはもちろん、ケチャップとマヨネーズを夫の加減で絶妙に合わせてつくるオーロラソースをたっぷりと。そこにフライパンで下面だけカリッと焼いた目玉焼きがのって、トーストでほどよく半熟に仕上げられたもの。  熱々のところへかじりつくと、オーロラソースと一緒にとろとろの黄身も絡まって、1枚の食パンと1つの卵、バターとマヨネーズとケチ

          DAY21.  沼の中の泳ぎかた

          DAY20.  この世界の愉しみかた

           まんちゃん。この子に、名前がついた。ついてしまったと言うべきか。 「お腹にいるときに呼ぶための胎児ネーム? そりゃあ、まんちゃんでしょう」  夫が勝手に言い出したのを、最初は「なんかヤダそれ」と笑っていたのに。妙にインパクトがあって、それ以外思いつく間もなかった。  2022年3月26日。妊娠判定日は“今年最強の日”だった。風水だか暦的なものだか、実際のところなんだかよくわからないけれど。「一粒万倍日」と「天赦日」と「寅の日」が重なるトリプルラッキーデイらしい。  

          DAY20.  この世界の愉しみかた

          DAY19.  ちょうど桜の咲く頃に

           まず、謝らなければならない。そのとき、血の気が引くほど動揺してしまったことを。手放しに喜ぶ気持ちになれなかったことを。 「可能性は、まだ、あるんでしょうか……」  医師に向けた私の言葉は、語尾が少し震えてしまった。 「hcgが21.2出ているので、可能性はありますよ。この表で言うと、ここになります。5人にひとりは、この数値でも出産に至っているわけですから」  目の前の紙の表に書かれているパーセンテージではなく、あえて「5人にひとり」という言い方をするところに、彼の心

          DAY19.  ちょうど桜の咲く頃に

          DAY18.  小さな小さなきらめく卵の物語

           昨夜遅くまで降り続けた雨の余韻をそこかしこに残す街を、真正面からの太陽がさやかに照らし出している。いつものクリニックへ向かう助手席で思わずスマホを取り出して、カシャーンカシャーンとその光景を撮ってみた。  2022年3月19日。今日という日は、記念すべき日になるだろうか――密かにそんなことを思いながら。 「ちょっと、何撮ってんの」  運転席の夫が怪訝な顔をしてこちらを見やる。 「え、いや、なんとなく……」  笑ってごまかすけれど、本当は自撮りでクリニックに向かうふ

          DAY18.  小さな小さなきらめく卵の物語

          DAY17.  豆ごはんを食べた日のこと

           突然、戦争が始まった。日本で、あきれるくらいのほほーんと暮らしていた私にとっては、本当に突然に。  右手のスマホには、同じ空の下、遠いウクライナの地で武器配布所に集まった男たちが次々に銃を手に取っていく姿が映し出されている。ダウンジャケットを羽織り、ジーンズを履いた、ごくごく普通の民間人ばかりだ。  次の動画では、頭に火砲を携えたロシア軍の装甲車が信じられない数連なって大通りを進んでいく。きっと数日前までは日常が流れていたはずの、ウクライナの街なかで。  そして、その

          DAY17.  豆ごはんを食べた日のこと