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短編小説

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書いた短編小説を貯めていきます。相互に関係はありません。
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記事一覧

記憶を記録に書き留めて

記憶を記録に書き留めて

 幼い時にひどく悲しい想いをした記憶がある。なにがあったのかはよく覚えていない。兄に気に入っていたおもちゃを壊されて、親に訴えたのに取り合ってくれなかったとか、飼っていた金魚が死んでしまったとか、親友がどこか遠くへ引っ越したとか、通学路に狂人が現れて刃物を振り回したとか、そんな、よくあることだったのだと思う。ただ、ひどく悲しい気持ちが胸の下のあたりに重くのしかかって、ずっとしくしくと泣いていたの

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町の匂い

町の匂い

 この時季になると水の入った田んぼから泥の匂いがぷんと香る。少し胸の詰まる匂いは、嗅いでいると少しだけ安心する。そう言うと妻は決まって
「嫌だよ、こんな田舎臭い匂い」
 と言って笑う。妻の両親に挨拶をしに行った町のことを思い出す。見渡す限りに広がる水田。青々とした稲の葉を通り過ぎる風が撫でていた。あの町で育った妻からすれば、この匂いは嗅ぎなれたありふれた匂いなのかもしれない。海辺の町で育った私に

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事実に小説のラベルを貼って

事実に小説のラベルを貼って

 雨と低気圧で機嫌が悪いのでエモい話でも書こう。

 あれは拙僧が文学部に入っていた時のことでした。あれ? 文学部だっけ? 演劇部? 漫画研究会? 変な建物同好会? まあなんだっていいか。とにかくそういう会に入っていたことがあると思っておくれ。
 重要なのはその会の主な行動が年に数回会誌かなにか、作品を発表する場があったことなのだ。
 一つ上の先輩がいた。学年は一つ上なのだけれども、なぜだか一年遅

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紅桜、一人待つ身の寂しさに

紅桜、一人待つ身の寂しさに

 町美峠の紅桜は葉桜になることなく年中花吹雪を降らせ続ける。

 春の頃を過ぎ、夏の日が照らしても、秋の風に吹かれても、冬の雪に晒されても、花が尽きることも木が枯れることもない。その巨大な桜がいつから立っているのか、いつから咲いているのか、短い定命のドブヶ丘の住民たちで覚えているものは少ない。

◆◆◆

「それじゃあ」
「あっ」
 おずおずと別れの言葉を口にして町見峠の麓へと振り返ったソウスケの

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胡乱紳士 漫遊編 ドブヶ丘に降る雪

胡乱紳士 漫遊編 ドブヶ丘に降る雪

ドブヶ丘に降る雪も濁った色をしているけれども、雪が積もったときばかりは町の汚さが隠される気がする。たとえ中身が変わらないのはしっていても、少しだけましに思えて、ギンジはこの季節が好きだった

もちろん寒さをしのぐ建物か、せめて壁があればの話だが。ギンジは身震いをすると、酒瓶を取り出し、ふたを開けると中身を惜しむようにちびりと舐めた。生臭さと錆び臭さに顔をしかめて、それでも飲み下すとカッとお腹の中が

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【短編小説】ドブヶ丘くじ引き大会

【短編小説】ドブヶ丘くじ引き大会

分厚い曇天と薄汚い窓ガラスを透かして朝の光が差し込んでいる。光は脱ぎ捨てられた上着や帽子、みすぼらしい調度、そしてせんべい布団にくるまって眠るアケミを照らしている。

その穏やかな寝顔をタケシはぼんやりと眺めた。

その視線に気が付いたのか、アケミはゆっくりと目を開いた。眠たそうに目を瞬かせる。

「おはよう」

「ん、おはよう」

タケシに挨拶を返すと、アケミは体を起こし、大きく伸びをした。

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【短編】ドブヶ丘名所案内「マッドマン」

【短編】ドブヶ丘名所案内「マッドマン」

ドブ鉈はありふれた手応えでハチヤの頭にのめり込んだ。

「…あ…ご」

意味をなさない言葉を吐きつつ崩れ落ちるハチヤに唾を吐きかけると、クマダはハチヤの頭からドブ鉈を引き抜き、死体の上着で血を拭った。

「次は相手を選んで喧嘩を売るんだな」

念のため頭を蹴り飛ばして反応がないのを確認して、ポケットを探る。

くしゃくしゃになったドブ券が数枚出てきた。

「しけてやがんな」

舌打ちして、まあ、今

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【発狂頭巾】season7-vol.2 熱狂の群―Rikisha Driver―

【発狂頭巾】season7-vol.2 熱狂の群―Rikisha Driver―

極彩色のネオンの映る水たまりを降りやまぬ雨の雫が揺らしている。

タッタ……タッタ……

達者なリズムを刻む足音が水面を乱した。続いてリキシャの車輪が水たまりを切り裂く。跳ね上げられたしぶきが眠らぬサイバーエドの町明かりの中、色鮮やかに照らし出された。

「しかし、旦那、長い雨でやんすねぇ」

「うむ、しかし雨がなくば、草木は育たぬ。人の心のみで考えてはいけないぞ」

「そういうもんですかねぇ」

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お気持ち表明文

この文章はあくまで個人の感想だ。特定の誰かを馬鹿にしたり、さげすんだり、あるいは何か行動を改めてほしいと思っているわけではない。

もしかしたら読む人は不快に思うかもしれない。けれども、どうしてももやもやしたものを抑えきれないのでこうしてキーボードを叩いている。

もやもやの原因はいわゆる「お気持ち表明」というものについてだ。博学なる読者諸君はご存知であろう。最近(といってももう少し前の話になるけ

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胡乱紳士 漫遊編 マンドラゴラの町

胡乱紳士 漫遊編 マンドラゴラの町

街角で女の子がひとりシクシクと泣いていました。傍らには賢そうな黒色の犬が座り込んで、心配そうに女の子を見つめています。通り過ぎる人たちは犬を見ると悲しい顔をして通り過ぎていきます。

建物の一つから男の人が一人出てきました。女の子はそれを見つけて顔を上げました。

「お父さん」

どうやら、女の子の父親のようです。父親は女の子のそばまで歩くと、犬の頭を撫でて、悲しそうに首を振りました。

「やっぱ

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皮肉の話

皮肉の話

猛烈な喉の渇きで目を覚ました。耐え難いまぶたの重みと頭の痛み。

目を開ける。知らない天井。しばらく見上げて気づく。これは天井ではない。つるりとした塗装の金属の板、その向こうに青い空。

空?

身体を起こす。ざらりとした土の感触を手のひらに感じる。

「どこだ、ここ」

聞こえるのは川のせせらぎと虫の声。

見回せば、ここは橋の下、川原が広がっている。

記憶をたどる。

行きつけの安酒屋に入っ

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お城を追放されたのでアウトサイダーたちの姫になろうとした

お城を追放されたのでアウトサイダーたちの姫になろうとした

私が生まれた日は雪が降っていたそうだ。白い雪。だからみんなは私のことを白雪姫って呼ぶ。

その雪は本当は本物の雪ではなくて、大きな爆弾が爆発して、舞い上がった塵が落ちてきたものだったみたい。塵には体に悪いものがたくさん入っていたから、お母様は私を産んですぐに死んでしまった。だから私が覚えているお母様は一緒に雪を見上げていた時のぬくもりだけ。

それが私の最初の記憶。

雪がちらちらと降ってくるのを

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【短編】月のどこかで

【短編】月のどこかで

その配信サイトを訪れたのはなぜだったろう。

かつて一世を風靡した配信サイト、私も昔は毎日のように訪れていた。けれども二年前、新しいより快適なプラットフォームができ、そちらに配信者が移るにつれ、次第にここを訪れる頻度は減っていった。完全に来なくなるまでそこまで長い期間はかからなかった。

本当に、なぜこんな廃墟みたいなところにやってきたのだろう。

「あれ?」

ホーム画面は一人の配信者のサムネイ

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【短編】空の重さ

【短編】空の重さ

空が落ちてくるのが見えて、目をつむった。

何かが優しくのし掛かるのを感じて、恐る恐る目を開ける。

知らないお姉さんがあくびをしながら右手を上に掲げていた。

「ごめんね、ちょっとうとうとしてた」

「何をしているんですか?」

「空を支えているの?」

空? 見上げるとお姉さんの手は空まで伸びていた。

「本当はお父さんの仕事なんだけど、どっか行っちゃったから」

「ねむたそうですね」

「う

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