【短編】空の重さ
空が落ちてくるのが見えて、目をつむった。
何かが優しくのし掛かるのを感じて、恐る恐る目を開ける。
知らないお姉さんがあくびをしながら右手を上に掲げていた。
「ごめんね、ちょっとうとうとしてた」
「何をしているんですか?」
「空を支えているの?」
空? 見上げるとお姉さんの手は空まで伸びていた。
「本当はお父さんの仕事なんだけど、どっか行っちゃったから」
「ねむたそうですね」
「うん、ちょっと疲れちゃって」
あいている右手で半分閉じかかった目をこすりながらお姉さんが言う。
「代わりましょうか?」
そう訊ねてしまったのは、あまりにお姉さんが眠たそうだったから。
「いいの? でも重いよ」
「少しの間なら」
「ありがとう」
わたしが手を上げるとお姉さんはゆっくりと手を下ろした。ゆったりとした重さを腕に感じた。だんだんと重たくなる。これが空の重さ?
「疲れたら、起こしてね。変わるから」
言って、お姉さんは横になる。やがてすーすーという寝息が聞こえ始めた。
時間が経った。どれくらい? 腕に感じる重さはゆっくりと増えてきている。あとどれくらい支えられるかな。
「お姉さん」
「ううん、もう少し」
呼びかけるけれど、寝返りを打つだけで目を開けない。
「お姉さん!」
重さは次第に我慢できないくらいの重さになってきた。
もう、支えられない。腕が負ける。
尻もちをついてしまった。世界が落ちてくる。
「大丈夫かい?」
ふっと、背中が軽くなる。顔を上げると男の人が両腕を上に掲げていた。
「あなたは?」
「あ、お父さん」
いつの間にかお姉さんが目を覚まして男の人に呼びかけた。
「もう、遅いよ。待ちくたびれちゃった」
お姉さんが頬を膨らませながら言うと、お父さんは「ごめんごめん」と笑って答えた。
「君もありがとう」
そう言って、お父さんは右手を差し出して立たせてくれた。左腕は空を支えたまま。
その手につかまって立ち上がる。見上げた空はずいぶん高く見えた。
ああ、もう秋なんだ。
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