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食事代と本代だけは削りたくない。そう考えて理想のキャリアを選ぶ。

いちど上げた生活水準を下げるのは難しい、とひとは言う。実際に、私は想像してみてもとても無理だと思う。

大阪のなかでも割と便利なところに、ちいさいながらも家があって、スーパーマーケットもショッピングモールも近いから、買い物には苦労しない。駅にも近いから、体調が悪くても、最寄り駅にさえ着いてしまえば、長くても5分だけ歩けば家に帰れる。雨が降っても、濡れないくらいの距離だ。そして、家の前には大きな公園があるから、電車の音はほとんど聞こえない。

近所にひとり変なひとがいるくらいだけど、そのひとはおそらくなんらかの宗教を信仰していて、たまに大きな音量でお祈りをするくらいだけれど、悪いひとではない。いつも優しそうな顔で笑っている。

この街で迷惑していることといえば、駅前で選挙カーが演説を始めるとそれがすべて家まで聞こえてしまうこと、そして石焼き芋の宣伝がバカみたいにうるさい音量でやられることくらいだ。

私は以前、田舎に住んでいた。

家から駅までは、歩いたら30分はかかる。普段はバスに乗る。最寄りの買い物ができるちいさなお店までは、自転車で10分。ショッピングモールは電車で行って、そこからさらに25分歩かないとない。車で30分行けばショッピングモールはあるが、私は免許がなかったから、親としか行けなくて、お友達と遊びに行けるところといえば、駅前のちょっとしたお店くらいだった。しかも、私が引っ越すすこし前に、その半分がつぶれてしまった。その車で行くショッピングモールのほうがずっと大きくて、そこに行けるのは、ほんとうにたまに、どうしても必要があるものが何個もたまったときだった。そのショッピングモールに行ける日を待ち遠しく待っていて、行けると言われた日は最高だった。田舎の不便さを忘れ、必要なものを買ってもらえて、外食もして、ほんとうに楽しかった。

ほんとうの田舎暮らしとはまた違うかもしれない。「こんなの都会じゃないか」と言われてしまいそうだ。

ただ、大阪に引っ越してきて、あれは苦労したなあと改めて思う。

なにかあれば東京まで行かないといけなかった。もしくは、ショッピングモールも車で行かないとなくて、高校生にとってはアメリカのほうがまだ近いくらいだった(空港に行くバスはあって、その空港からでもどうにかすればアメリカのどこかには行けたのだと記憶している)。だからよく同級生と「東京よりアメリカのほうが近いね」なんて言っていた。

そんな私が大阪に来た。家族は昇進して、年収がかなり上がった。そのお金はそのまま、私の教育にかかるお金と、家族と私が外食に行くお金に変わった。そのころから私も、バイトをはじめた。そのバイト代で、私はほしい本を買っている。面白いのは、教育にかけるお金には上限がないこと(上を望めばきりがない)、外食だっていくらでも高い店があったり、あるいはいくらでも頻度を増やせたりする。本がもっと面白くて、いくら買っても、読みたい本はいくらでも出てくる。金のなる木でもなければ、ほしい本をすべて手に入れる日など来ない。宝くじで1億円当たっても、それを全て本代に使える自信がある。YouTuberさん、こっちに来てください。お金を制限時間内に使い切る系の企画に、私どうですか。きっと面白い企画にしてみせます。

食事も、田舎で食べていたものももちろん美味しかったのだけれど、大阪に来て「安い」ことと「美味しい」ことは両立しうるのだと知った。さすが食い道楽の国だ。居酒屋は家から歩いて行ける範囲でも50軒はある。レストランはあまりないが、喫茶店もまあまあある。喫茶店は高くてそれほど美味しくない店ばかりだが、学生やサラリーマンがコーヒー片手に勉強や仕事をしている。

この街には大きな本屋さんがいくつもある。電車に乗って梅田まで行けば、ジュンク堂書店があって、そこは家族と東京に行ったときに必ず寄ってと何度も親にせがんで何度も連れて行ってもらえた八重洲ブックセンターみたいだった。すごく大きくて、なんでもあって、どんな本もある。ここで目ぼしいものを見つけてしまうと、1万円以上買って帰る日も増えた。バイトを頑張って、お金をためて、そうして本に変えていく。そんな作業をかれこれ5年はしている。

この生活水準は、下げられない。

かばんも服もアクセサリーもこだわらないし、それは10年買えなくても困らないだろう。化粧はしない。ゲームもしない。たばこも吸わない。外でするようなアクティビティは一切しない。運動もしない。ジムにも行かない。整形にも興味がない。どうせしたところで、違いが判らないくらいだから。サブスクも使わない。アナログでいい。

そういったものは、なくなってもいい。

ただ、食費と本代だけは、どうしても削れない。

月に最低1回は外食したいし、本は月に最低1冊は買いたい。

そういったことを考えながら、私の理想とするキャリアをもういちど見てみる。

大学教員。

30代までは安定しないポジションで、大概任期付きの雇用形態しか与えられない。40代で助教。50代で准教授というのも珍しくないらしい。そして、職位が下であれば、下手したら一般企業で働いたほうがよっぽど稼げる。

2023年に大学に入学した私は、2027年に卒業する。それからイタリアに渡って、修士課程と博士後期課程をしていると、イタリアの修士課程は2年、博士後期課程は3年かかるから、早くても2032年にPhDが貰える。そして、これはあくまで最短経路であって、5年修士課程にいたり、5年博士後期課程にいたり、休学したり、働いたり、そういった「寄り道」をしているひともたくさんいる。

日本もイタリアも、修士課程以降の学生に給料を与える仕組みはない。アメリカなどだと給料がもらえるらしいが、アメリカに行く気はまったくない。あなたみたいな優秀な学生なら、ヨーロッパの非英語圏に行くより、アメリカで研究に没頭したほうがキャリアとして良いですよ。英語もできるんだったら、英語圏の大学で学位を得たほうが、みんなに認めてもらえますよ。学べる範囲も広いし、研究大国ですからね。なんでアメリカに行かないんですか。可能性が大きいのに。チェコですか…。なんでチェコにしたんですか。もったいない。そういったアドバイスは、すべて聞き流してきた。

アメリカが嫌いなのは、ただただ飯が不味い(と聞いている)ことと、英語以外の言語に触れる機会がないからだ。

PhDを得たところで、そこからだって大変だ。日本ならどうせ得られるのはデキ公募と呼ばれる、もう採用するひとが決まっている公募に頑張って応募して得られた不採用通知か、イタリアならEU圏外に生まれ育った外国人であることのハンデも関わってくる。

それでも、理想に向かって頑張りたい。それがいちばん納得できることだから。

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