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【お涙前線にご注意を】読書ロク~2022年1月に読んだ三冊~

 一月といえば、僕のいる会計業界にとっては、忌むべき繁忙期の幕開けである。

 手始めに牙を剥くのは年末調整業務と、支払調書などの法定調書作成業務。何のことだか分からない人は検索してみよう。こちらから説明することは億劫だ。文章を書く時くらいは仕事から離れたいのだ、ご勘弁願いたい。

 さてそんな一月だが、三冊の小説を読んだ。繁忙期の中よくぞ読み進められたと自分を労いたい思いだが、奴らは繁忙期の中でも最弱……。直に真打「確定申告」がやってくる。

——俺たちの戦いはこれからだ!


 と終了フラグを立てた以上、回収しなければならないが、努力せずともそんな日々がやってくることなど、はた言ふべきにもあらず。


 それでは、読了した本をご紹介させていただきます。図らずも今回読んだ本は全て「家族」に深く関わっていました。



1.「卵の緒」瀬尾まいこ


生まれも育ちも関係ない、愛しているならそれでいい。と思うのです。


まず一冊目に紹介する本は、瀬尾まいこさんのデビュー作「卵の緒」です。

書店をうろついていたら、「降涙確率100%」とコピーが打たれたこの本と出会いました。「最近本で泣いてないな」と思った僕は期待を胸に、この一冊を手に取りました。

そしてもちろん泣きました。心の中で。


【ストーリー】

 主人公の育生は自分のことを捨て子と信じて疑わない少年。母の君子は実の息子の好き嫌いもよく知らなくて、父はいない。さらには、育生が君子にへその緒を見せるよう頼んだら、取り出されたのは「卵の殻」だったのだ。しまいには君子は、育生は卵から生まれたのだと語った。嘘だと育生は理解していた。小学生といえども、人間が卵で生まれないことくらい知っているのだ。

 血の繋がっていない親子、そんな母の再婚相手、不登校のクラスメイト、言葉だけでは、育生の周囲の環境は決して明るくないもののように見える。普通じゃない。

 しかし、殻を割ってみると、中からは紛れもない家族の「愛」と「優しさ」の物語が現れる。

 「本当の親子の証し」は、血の繋がりだけじゃ確かめられない。君子が育生を、尋常じゃない愛で満たすその姿は、へその緒以上に二人の「親子の絆」を強く写し出す。

【感想】

 大好きなシーンがあります。
それは、育生が母の君子から、「本当の親子の証し」を見せてあげると言われた時の場面。君子は、ただ育生を力いっぱい抱きしめるのでした。幼い育生は「痛いだけだ」と言いましたが、君子は「こういうのが見えなくてはだめよ」と笑うのです。

 この物語には、親子の「愛」が詰まっています。産まれたての卵のように。

 育生と君子は本当に血の繋がっていない親子なのか。そうだとしたら育生はどこからやって来たのか、全ての真実は、物語の終盤にかけて判明するのですが、そのあまりの切なさと、君子の愛情に、胸の熱さを感じること間違いなしです
 生まれがどうだろうと、状況がどうだろうと、結局「愛」は全てを肯定できる。安っぽいメッセージのように聞こえますが、この物語ほど、その事実を肯定するものはありません。


 同時収録の「7’s blood」も、兄弟愛をテーマにした心温まる作品です。読み終わった後、盆と正月以外にも、実家に帰ろうかなという気持ちになります。

 まあ僕実家暮らしなんですけどね。


2.「キッチン」吉本ばなな


誰にとっても、居場所は必ず存在する。例えそれが、冷たい台所の片隅だったとしても。
深い悲しみの先で見つけた、今にも消えそうな光だったとしても。


 二冊目に紹介するのは、日本を代表する女性作家の一人吉本ばななさんのデビュー作「キッチン」です。収録されているもう一つの物語「ムーンライト・シャドウ」は、昨年の9月に映画化されました。もちろんこちらも感涙にむせぶほどいい作品です。またの機会に紹介したいと思います。


 

【ストーリー】

 主人公の桜井みかげの好きな場所は、キッチン。小さい頃に両親を亡くしたみかげは、祖父母に育てられたが、祖父も彼女が中学校に上がる頃に他界。さらには祖母ですら、大学生の時に死んだ。

 文字通り天涯孤独の身となったみかげは、夜になるとキッチンで毛布にくるまり眠る。冷蔵庫の電子音が、みかげの孤独に苦しむ思考を紛らわしてくれていた。

 そんなある日、みかげの元に、同じ大学に通う青年田辺雄一が突然訪れこう言ったのだ。


——母親と相談したんだけど、しばらくうちに来ませんか?


 みかげと田辺家の奇妙な同居生活が始まる。その先で待っているのは、新たな幸せか、それともさらなる孤独か。

 新しい出会いと、別れ。失って、手に入れて、また失って。みかげと雄一はそんな壮絶な人生を過ごす中で、本当に大切なものを見い出していく。


【感想】

 読んでみた感想は、とにかく「圧巻」でした。すごい一作と出会ってしまった。

 文章力はさることながら、独特な心理描写や言葉の数々が、複雑な物語の世界観を生み出しています。
 読んで数秒で、眼前に景色が浮かび上がり、一気に「吉本ばななワールド」の虜に。ってなんか地方のバナナ園みたいだな。

 この物語は「キッチン」と、「満月 -キッチン2-」の二部構成になっています。
 「キッチン」では、一度すべてを失ったみかげが、雄一と、彼の元は「父」だった「母」、えり子さんと暮らしていくうちに、心の温もりを取り戻していきます。
 ところが、二部の「満月 -キッチン2-」で状況は一変。深い深い絶望がみかげと、雄一が襲い掛かります。しかし、それは二人にとって「本当の気持ち」を知る機会にもなるのです。

 どんな絶望の中でも、一筋の光に向かってひたむきに歩み続ける、生き続ける。そんな二人の強さに、胸が揺さぶられること必至です。

 さて、物語のキーパーソンである、えり子さんの台詞と、その姿を表現した一節がたまらなく好きなので、ご紹介します。

「まあね、でも人生は本当にいっぺん絶望しないと、そこで本当に捨てらんないのは自分のどこなのかをわかんないと、本当に楽しいことがなにかわかんないうちに大っきくなっちゃうと思うの。あたしは。よかったわ」
 と彼女は言った。肩にかかる髪がさらさら揺れた。いやなことはくさるほどあり、道は目をそむけたいくらい険しい……と思う日のなんと多いことでしょう。愛すら、すべてを救ってはくれない。それでも黄昏の西日に包まれて、この人は細い手で草木に水をやっている。透明な水の流れに、虹の輪ができそうな輝く甘い光の中で。

「キッチン」吉本ばなな


 「男性」を棄て、「女性」として、「母」として生きるえり子さん。その心の強さと、美しさを余すことなく表現している、名文だと思っています。 

 出会えてよかった。誰にとってもそう思える一冊となるでしょう。


3.「そしてバトンは渡された」瀬尾まいこ

少女の人生は繋がれていく。たくさんの愛と想いを注がれながら。


 タイトルの意味が分かった瞬間、沸き上がる感動と鳥肌が止まりません。(24歳男性) 

 先に紹介した「卵の緒」と同じ作者、瀬尾まいこさんの代表作にして、2019年の本屋大賞にノミネートされた、言わずと知れた名作です。

 

【ストーリー】

 主人公の森宮優子は、四回苗字が変わっている。

 離婚、再婚を通して親元を離れては迎え入れられての繰り返し。優子は移ろいゆく季節のように、家族の形態が変わっていく中で成長した。

 それだけ聞くと、複雑な家庭環境に翻弄される優子の悲劇のように感じてしまうが、当の本人はそうではない。

——困った。本当に困ったことがないのだ。

 とこんな調子である。親が変わるとはいえ、その度にそれぞれの親から、たくさんの愛情を身体と心いっぱいに受け取ってきたのだから。

 物心つく前に死んだ母、自分を名付けてくれた父、水戸さん。優子の人生に大きな影響を及ぼす、自由奔放な女性、梨花さん。寛大な心で、優子を見守ってきた二人目の父、泉ヶ原さん。そして、少し変わっているけど、誰よりも優子の「父親」であろうとする、森宮さん。

 血の繋がっていない親との生活を転々とするリレーは、いよいよ優子自身の「結婚」というレーンを迎える。

そこで待っているのは——


【感想】

 冒頭でも述べましたが、タイトル回収が秀逸なんですよね。涙腺決壊確定です、読む際はハンケチのご用意をば。

 物語は、優子が森宮さんと生活していく中で、今まで過ごしてきた親との生活を振り返るという、現実と回想入り混じる構成になっています。そのため、「お前しか見えねえ一途主義」系読者の方は、少々苦手意識を感じてしまうかもしれません。

 しかし、場面転換のタイミングも分かりやすいので、それほどストレスなく読むことができると思います。

 特徴的だなと思ったのは、「食事のシーン」が多いことです。

 「卵の緒」でも食事のシーンはたくさん出てきます。そしてそのシーンでは、家族同士が心を通わせている。

 第三の父である森宮さんの「愛」が特に感じられるのも、この食事シーンです。ごはんというものは、作り手の心遣いがよく現れますからね。

 始業式の朝から出されたカツ丼、手作りのゼリー、元気になるまで食卓に並び続けるスタミナ餃子……詳しくは是非読んでほしいのですが、森宮さんが優子のことを心から愛して見守っていることが分かります。


魅力的なシーンは他にもたくさん。例えば、高校生の優子が友人に相談するシーンです。

優子は、父である森宮さんとトラブルを起こしたことで、二人で過ごす時間が気まずくなってしまったことを悩んでいました。

 さて、皆さんに質問です。

 高校生の時に親との関係性に悩み、友達に相談したことありますか?

 いや、絶対ないですよねそんなこと。え? ないよね? 僕だけ?

 だって高校生と言えば、思春期も大詰め。むしろ自立したがる頃。親のことなんて、歯牙にもかけたくないと思うのが大抵でしょう。

 しかし優子は悩みました、何故なら森宮さんと過ごした時は数年ちょっと。家族とはいえ、「血の繋がり」と「年数」は嘘をつきません。元は他人同士である関係性が故に、滲み出る無言の「よそよそしさ」が、このシーンに酸素を運び込んでいます。呼吸音が聞こえてきそうなほどリアルです。

まさしく神業レベルの表現。あっぱれです。


 そして優子。彼女は「普通の少女」を過ごします。そこもまた、魅力の一つです。

 ぶっちゃけ、四回も苗字が変わるなんて「普通」じゃない。しかし彼女は、普通の少女と同じように、ピアノを弾きたがったり、同級生とのトラブルに悩んだり、恋をして、結婚します。

 もちろん、それぞれの親から得た経験や恩恵は、普通の人よりかは多めかもしれませんが。

 ただ、彼女はそれをネガティブにも、アドバンテージにもとらない。いわば「四回苗字が変わっただけ」の一人の少女なのです。

 瀬尾まいこさんが伝えたかったことの一つは、ひょっとするとここにあるかもしれません。


 親がどうだから、環境がどうだからではなく、互いに愛し愛す「家族」という関係性であれば、紛れもなく「家族」なんだと。「親」なんだと、「子」なんだと。


 「卵の緒」にも通ずる何かがあります。ともすると、瀬尾まいこさんが作家人生において、書いていきたい作品は、「家族」、「親子」の在り方を描いた物語なのかもしれません。


 僕はそう感じました。そう伝わりました。瀬尾まいこさん、気づきを、感動をありがとうございます。


 優子の追憶を辿りながら、僕たち読者も優子の人生を辿る。そして彼女が結婚するとき、気付くのです。「あ、優子を見守っていたのは、親たちだけじゃなかったんだ」と。

 知らず知らずのうちに、読んでいるだけの僕たちが、傍観者だったはずの僕たちが、心の底から優子を祝福したくなっていることに気付く。水戸さん、梨花さん、泉ヶ原さん、そして森宮さんの隣に立って、花嫁姿の優子に拍手を送っている。

 その時溢れる感情は、喜び以外の何物でもありませんでした。僕は娘を結婚に送り出したことなどありません。でもひょっとしたら、こんな感情なのかなと、本を閉じた後、温かい何かが一つ、頬を伝っていきました。


 多分、もう一度読みます。そして、もう一度泣くことでしょう。


【おわりに】

 今回は三作品をご紹介しました。

 少しでも興味を持たれた方は、是非お買い求めください。作家さんにお金を払いましょう。


 休日を、寝る前のちょっとしたリラックスタイムを、これらの本に費やしても、きっと損にはなりません。それどころか、豊かな感性、新たな価値観、感動を与えてくれる、素晴らしい時間になるはずです。



 今日も最後まで読んでいただきありがとうございました。

 これからも大好きな本の紹介を行っていきます。よかったら他の紹介作品もチェックしていただけると、おんおん泣いて喜びます。



 人の心は、隙間の空いた本棚だと思っています。そこに何を納めるかは、あなた次第。小説、エッセイ、実話、ビジネス書、参考書、哲学、写真集、ゴシップ誌、何でもあり。すべてはあなた次第。

 本棚が満たされた時、あなたの心も人生もきっと満たされる。そのお手伝いが少しでもできたなら、この上なく幸いです。

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