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あなたは病気じゃないよ…家族の『関係性』が病気なんだよ。

あなたは病気じゃないよ…
家族の『関係性』が病気なんだよ。

15歳だった私に言ってやりたいです。


最近の私は読書やら映像作品鑑賞やらをじっくり行っている。
その結果『私が病気である』という今までの自分自身の考え方が揺らいできている。


確かに私は心身に異常を来たして、生活に支障が出続けていた。
4歳の頃から眠れなかった。


だけど、本当に『病的』だったのは親子の『関係性』だった。
親が子を自分の肉体の延長と見なしていることだった。
『母目線母子同一視現象』とでも言うか…。

実際に病院でのカウンセリングはカウンセラーと患者の間に信頼関係が築けない間は進まない。

親子間に、いや『親子観』に異常があると気づくまでには時間がかかるんだよね。

また、カウンセラーと信頼関係が築けても、親子関係にスポットライトを当てない限りは見えてこない。

実際に私がカウンセリングルームで『こんなことされました』と吐き出しながら、『許せない…許せないっっ…』と大声をあげて泣き叫んだのはつい1〜2年前のこと。
去年のはじめか一昨年のおわりか。
(このとき、カウンセラーの先生は涙を堪えて「許さんでいい、許さんでいい」って言ってくれたなぁ…)

私は15歳の頃からいろいろなクリニックや民間のカウンセラーを頼り、カウンセリングを受けてきた。

それでも、自分が受けてきたのは『ただの暴力』と気づいて泣き崩れるまでほぼ20年かかったのだ。

結局、気づくのは自分自身の力によるわけね。
薄々『暴力』と気づいてはいたけれど、『親から大切にされなかったという事実』を認めるのは大変だった。
事実を認めたら、自分への涙がようやく出てきた感じだった。

そこまで気づけなかった理由の一つに、『私はおかしい』『私“が”おかしい』という思い込みがあったと思う。

15歳で頼った心療内科。

当時の診断名は「うつ病」。



※※※※※※

たくさん医療に助けられてきました。

まずは庇わせてください。

父と母の異常な力関係や、母からの私への病的なまでの執着、憎しみは…
そりゃお医者さんにはいきなりは見えないよ。

患者が目の前に座って「………眠れません」と言うだけだもの。


((まぁ、10代半ばの娘にじっとりべったり診察室までついてきて、自分でぜーんぶ説明しちゃう母親は「執着心が強い」とみなしてOKなのだが…))

※※※※※※※

当時の私に病名がついた。

しかし、本来は家族の異様な『関係性』に病名がつくべきなんだと、いまは思っている。


だけど、その異常さにどう気づけばよかったのか。


幼稚園児の頃に、小学生の頃に、中学生の頃に…

私は誰かに「我が家」を話せただろうか?



それを考えると、いまの世の中はネットが普及したためスマホさえ持っていれば情報は仕入れることができる。



(だから、こうやって記事を書くぞ!)

自分ちがヤバいんじゃないかと「疑えたら」割と「ヤバいですよ」という答えにたどり着きやすい世の中にはなったと思う。

「疑えたら」がキーワードだけど…




心療内科や精神科にやってくる『患者娘』をみるだけでは終わらない。


だいたい心療内科や精神科にやってくるのは毒親や虐待やDVで『潰されちゃった側』であることが多いのだ。

本来ケアが必要なハズの『潰しちゃった側』が近くにいる。


どうしたら早く「ウチ…ヤバい?」と疑えるのか?
どうしたら早く「助けて」が言えるのか?

いや「助けて」もなにも本人が「あれ?ヤバくね?」って違和感を持たない限りは……

うん、まずは❛❛疑うこと❜❜か。

いやいや、それ以前に『周知』かな。
毒親や虐待の問題を知ることが大切だ。

しかし、軽く語られすぎても違うんだよな…。
最近はカジュアルに、
『ウチ毒親だからぁ(笑)』
みたいに使われたりもするが、ケアが必要なほど毒親に打ちのめされた者にカジュアルさなど微塵もない。



『家族との関係性に異常が認められる』方が『患者として病名をつけられる』よりマシだよって私みたいなヤツが伝え続けるしかないのかも知れない。



確かなのは、私にとってnoteが実家を脱出する原動力のひとつだったことだ。

どこにも居場所がなく、大汗をかきながら車内で仮眠をとって生活していた夏の日々。


『毒親』とググってみたことから私はnoteにたどり着き、毒親問題を抱えながら生き残ってきた人たちの手記(まさしくノート)を読み、励ましにしていた。




少なくとも20年前よりは情報は手に入りやすい。
ネットが普及して、毒親問題に対応しやすい世の中になってきていたらいいと思う。
それこそリアルでは話題にしにくい毒親問題だもの。
ネットを拠り所にするのは心配があるけど、自分の置かれた状況がどんななのかを知る手段とするのは激しくオススメする。
リアルではなかなか語られないことだからこそ、だ。

自分の気持ちは自分がよくわかる…はきっと事実だと思う。

だけど、自分が置かれている状況は自分の目線だけで判断するのは難しい。
ましてや家族との関係性、ことに力関係(パワーバランス)は『よその家族との比較』『許容範囲内家庭のはなし』『許容範囲外家庭のはなし』を知らないと苦戦してしまう。

(子どもが心身の健康を損なうならば、許容範囲外家庭だと思う)


心療内科や精神科で『〇〇障害』とか『〇〇症候群』とか『〇〇病』とか診断がされてしまっても、あなたは病気じゃないよ。




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