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小説

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自作の小説です。 最近はほぼ毎日、500〜2000字くらいの掌編を書いています。
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2023年7月の記事一覧

別れを告げる

別れを告げる

 恋は冷める

 憧れは幻滅に変わる

 好きは嫌いに反転する

 では移ってしまった情はどうすれば消し去ることがてきるだろう

 トマトとピーマンと椎茸が嫌いな君

 何時間も目覚ましを鳴らす君

 仕方ないなと最後は笑って、君のどうしようもないところも愛おしんだ

 その時間は僕を構成するブロックの一つになっている

 外して残る空洞をどうやって埋めればいい?

 君が僕を嫌いになって、お前な

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世界茸(後編)

世界茸(後編)

 岩盤はさらに抉られ、生白い茸の脚が人工の光に晒されていた。ぬらぬらとしたその根の内部を今も蒸気となった魂が流れ、母となる者の内に生命を宿している。

「王は狂っていると思われますか?」

 俺の問いかけに博士は巨大な茸から視線を下げて俺を見つめた。

「この決断は理に適っていると思うよ。この先も戦いが長く続くなら、かつ敵国を徹底的に滅ぼしたいのならね。まぁ、狂人扱いされてるあたしが言っても仕方な

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世界茸(中編)

世界茸(中編)

 巨人が大地を叩き割ろうとした跡のような裂け目が木の根に半ば隠されて口を開けていた。それが冥界の中枢への入り口だった。

 まずは博士と俺が中の確認に入ることになり、ゴーグルと命綱を装着した。

「こんな軽装で大丈夫なんでしょうか?」

「あたしは何度か入ってるけど平気だったよ。冥界は生者には干渉しないから」

 博士は事もなげに言って、岩の隙間をひょいひょいと下りていった。

 博士に続いて湿気

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世界茸(前編)

世界茸(前編)

 命は永遠ではない。

 どんな人間もやがて年老い、病を得て死んでゆく。

 誰もが死すべき運命を知っているというのに、人は同胞と争い、余分な苦しみを自らに課す。

 循環する悪夢の流れに新たな筋道を付け、輪廻から憎しみを消し去れるのなら、この身を捧げ尽くすことなど厭わないというのに。

 朧月が輪郭をなぞるのは老いた手。花の咲く蔓の彫刻が施された椅子の背を撫でる。

 几帳面に並べられた筆記具も

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翡翠の卵

翡翠の卵

 怪物から逃げる時、碧色の卵を置いていった。

 硬くて重い翡翠の卵を、君に。

 君を見捨てて逃げた僕は、君を迎えに行きたくて、イタドリの陰から君を見ていた。

 君は不定形の怪物を背負って一人喘いでいた。

 僕は君を呼んだけれど、君は一瞥をくれただけで、怪物をしっかり背負い直した。

 君がずっとそうしてきたのは知っている。

 僕らが出会うよりずっと前から、君は怪物と生きてきたんだ。

 

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正当な金網

正当な金網

 細い細い絹糸のような金網の向こうから、だらだら歩く来園客たちが呑気に僕を眺めている。僕は客のいる通路に背を向けて、亀になる呪文を自分にかける。手足も頭も引っ込めて、甲羅で柔らかい肉を守る。

 二人連れの客が立ち止まり、僕の檻に表示された分類名を読み上げる。幾つもの聞きたくない名前と的外れな説明が甲羅の骨を振動させ、内臓を不安に共鳴させる。

「ねぇねぇ、あたしも見てって!」

 明るいオレンジ

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