NHK特集「私は日本のスパイだった〜秘密諜報員ベラスコ〜」 終戦記念日に観る、私を走らせる映像作品
昭和57年度の芸術祭でテレビドキュメンタリー部門の大賞を受賞した本作を、ご存知だろうか。太平洋戦争中の日本の諜報活動の新事実が明らかになったドキュメンタリー映像。
5〜10年ほどの間隔で再放送されるのだが、直近では2021年8月10日に放送されている。
お盆の時期、そして終戦記念日のこの時期、大人になってからの私はこのDVDをほぼ毎年見返している。
ひとつは外交官だった亡き祖父を思い出すために。
もうひとつは原爆投下により犠牲になった方々、そしてその歴史の上に今の日々が成り立っているということを忘れないために。
この映像に登場する病床の祖父は、幼い私が目前で見ていた当時のままに、明かされていなかった太平洋戦争時の日本政府の機密情報について話している。私の父方の祖父、三浦文夫は、太平洋戦争時に駐スペイン公使館の一等書記官で、現地でベラスコ氏等とともに米国の軍事情報の諜報活動にあたっていた。傍らにいる亡き祖母と、バラの花が生けられた今も実家にある花器とともに、祖父が映しだされる。
外務省が設置したとされる諜報活動の組織名は東機関と呼ばれる。東=TO=盗であり、太平洋戦争当時、中立国スペインを拠点に活動していた。日本への原爆投下の懸念を、事前に伝えていたのだが。
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%9D%B1%E6%A9%9F%E9%96%A2
特にこの番組のラストでは、ベラスコ氏と三浦文夫が、テープ音声越しに40年ぶりに再会する様子が流れる。歴史的新事実と、人間模様と、双方に描かれたことでドキュメンタリー映像作品として話題となったのだった。
このシーンを観ると、私は当時の感覚を鮮明に思い出す。
私の父は次男だったけれど長男である叔父が早逝したため、私が生まれた頃から、現役を退いた晩年の祖父母と二世帯住宅で一緒に暮らしていたのだった。我々家族も皆、歴史の新事実と祖父のスペインでの仕事について、この番組の放送で初めて知った。
映像でも祖父自身が言っているように、米国の機密文書の情報開示が訪れなければ、死んでも東機関のことを明かすことはなかっただろう。
祖父はこれが明るみになってからも、この諜報活動そのものについてはもちろん、それらの結果や私的な感情について私達に話すことは一切なかった。
撮影当時、祖父は脳出血の影響で入院中だったが、退院後も体の動きがおぼつかなくなって入退院を繰り返す中、自宅にいるときはリハビリだと言って、ラテン語(スペイン語の原点)で机に向かって自伝を書いていたことを覚えている。
このドキュメンタリーの撮影がされたのは、東邦大学医療センターの病室。それから5年ほどして祖父が亡くなるまで、入院している時はよく見舞いに行った。祖父の誕生日には、病室で好物のカワムラのチョコレートケーキで祝ったりもした。主治医の先生の名前は何故か今でも覚えている。見舞いに行くと祖父はずっと私の手を握って離さなかったので、動かずじーっとしてなくてはいけなかった時の手の感触を思い出す。祖父からはよく「世界は広いのだよ」と言われたっけな。
当時はこの番組の放送の意味は、幼い私にはなんのことだかわかっていなかった。
時を経て、再放送のたびにNHKアーカイブスのご担当の方から放送許可に関するご連絡をいただく。祖父が亡くなって久しいが、大人になって初めて画面の中で祖父が生きて話している映像を観たとき、話の重要さはもちろんのこと、加えて、私は幼い頃の自分の肉体に完全にタイムスリップしてしまったのだった。トリップではなくスリップであり幼い頃の体のサイズに自分が急変する、それはほぼ事故に遭ったような、体に痛みを感じる体験だった。
今でも観るたびに、時間軸が捻れるような体感がでてしまう。ドキュメンタリー映像の威力を身を以て体験するのだ。
同時に、知られざる歴史の事実や、祖父が須磨公爵やベラスコ氏とともに原子力爆弾開発のマンハッタン計画に関する情報収集と日本政府への伝達に全精力を傾けた想いと、結果的にはその情報が国防に活かされることがなかったことへの無念の両方に、私の体の細胞の一つずつが震えるような反応をしてしまう。
だから、気軽に観ることはできないのだけれど。
何よりも、こうした歴史の上に今の私達の今の暮らしがあることを、私はより多くの人に伝えていかなくてはならないのだとも思う。できうる限りに。
2021年の放送回は、NHKアーカイブスのご担当の方が、新たにキャプションを付け直してくださった。それに、その年、東京オリンピック閉会後の8月終わりに、須磨弥吉郎公爵のお孫さんにあたる方からお呼びかけいただき、新国立競技場の直ぐ側で家族皆でお会いする機会を頂いたことも、とても感慨深く思い出す。
なお、NHK特集の再放送は、視聴者の方からのリクエストに答える形で放送されているのだそう。
現在でもNHKオンデマンドの他にU-NEXT等で視聴が可能。
ドキュメンタリー大賞受賞の映像作品として、また太平洋戦争の歴史の新事実を知っていただくために、他にも組織として情報をバイアスなく扱うことの意味を考える、等色んな観方ができると思うので、多くの方にご覧いただけることを、私は願ってやまない。
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