平床政治

がむばって生きています。

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がむばって生きています。

最近の記事

2021_04_26

マイドマイド虚言、現実逃避というバリアで自己防衛。薄っぺらいだけの殻に頼りなく閉じこもり、セッセと過去を掘り返しながら屁理屈を積み上げるだけの毎日を生きるヤツに、残念ながら未来をみる力はない。 トンチンカンな決意に前後不覚。もう当の昔に正直者の意見を聴く耳など失ってしまったのか、カタクナな言い訳を正当化するためにしか自分のチューニングは合わせていないようだ。 ドウシタッテ変わってしまうことは悲しい。しかし変われないことの方がその何十倍も切ない。 トンデモナイ病原体に支配された

    • 2020_0807

      朝起きてPC開いたらデスクトップ上になんにものなくなっている。なんだろ。まあさっぱりしてるからいいか。再起動してもなんもないまま、きっとどこかバグってるのかな。 暑い。子どもの夏休みもとうとう始まったので毎日プールに連れてゆかれる日々。週末に恒例の西伊豆小松邸に繰り出してからというもの、戻ってから腹がぶっ壊れて発熱、なんとも体調のすぐれない二日間があったけどもう全快か。シゴトもしないで子どもらと戯れている幸せ。OPTIMISTIC。これに限る。 8/6は広島に気持ちを寄せ

      • 2020_0626

        長い自粛期間の中盤からはどうやら自分も世の雰囲気に乗じて、コドモらと長い春休みを一緒に過ごしてしまったように思う。というよりも相変わらず酒を呑みすぎていたのだった。いちお宣言解除になってからは想いを共有できる仲間と集まってはワイワイ家呑みも再開して呑みの拍車を大いにかけている。ヒヒヒンと走りける我が馬車馬、そろそろ厩舎につながなければである。 そういつまでもコロナコロナと意気消沈している場合ではなく、というよりも渦中でも命を張ってガムばってくれている人々がいることを念頭に入

        • 2020_0521

          いちど気持ちが切れるとダメで、日記は続かない。ひとまず検察庁法改正案の先延ばし、万歳っ!とか手を叩いていたら賭け麻雀で渦中の人間がすっぱ抜かれてしまうマヌケなエンディング。なんだそりゃ。もうどこでどう手やら足を引っ張り合ってんのか素人には判りません。検事長、お助けを。 全国で部分解除となった緊急事態宣言後の東京はどこか気が抜けたような雰囲気で、みんなふんわりとした翼を広げにかかっている。東京の解除はまだにしろ、日毎の新規感染が10人に満たないとなれば気が緩むのも無理はな

          2020_05_05

          昨日、生きていれば71歳の誕生日を迎えていたはずの父親は4年前に他界した。余命を宣告された末期癌を患ってのことだったので、不思議と悲しみはなかった。もちろん澄み渡った秋空に向かって泣きべそをかいた記憶はあるけど、ただそれだけで、ココロの中を構成するピースがひとつ、大切なひとつではあるのだけど、その欠片がボロッとこぼれ落ちたという感触だった。とても自然に、命がその寿命をまっとうする姿を見届ける、その魂を慈しむ、というシンプルな気持ちで満たされていた。ありがとうの気持ちがほと

          2020_05_04

          もうずいぶん前、フランスのお洒落ベビー誌を日本に持ち込んでその日本版MilK JAPONの編集長をなさっていた頃からお世話になっている中里さんからブックカヴァーチャレンジのお誘いを頂いたので、コレただ7回連続で思いついた本のカヴァーをいつもの日記の表紙として使わせて頂きます。 DAY1はカミュの「ペスト 」。ここでもチョロっと綴っているように、まだ20年ぶりの再読了は叶ってませんが、、、まだ1/3くらい。強力な伝染病は時の社会構造を大きく変えるインパクトがあって余り

          2020_04_30

          言い訳ばかりが人生さ。そう、コレは何かにつけて自分に対して言い訳を作っては日がな酒を呑む男の切ない話。だって今日は休日だし、だってもう仕事終わったし、ないし今日は仕事ねえし、もう今日は車ドライヴしないでいいわけだし、なんて言い訳ばかりを拠り所に酒を呑むのである。コレがアルコール依存症ないしはアルコール中毒であって、いつの間にかまた些末な「口実」を自ら周到に用意してはどうにかワインの栓を抜きにかかるのである。いやはや、昨夜もやり散らかしてしまった、今日からまた気を引き締めようと

          2020_4_28

          なぜだろう、ずっとアタマの中で流れていた曲があって、give a little bit って歌っているんだよな、この曲だれだっけか?メロディーと詞の断片しかヒントとしてないけど便利な時代だね、ググったらSUPERTRAMPだった。シブいなぁ、というか、五千年ぶりくらいに聞く名前だよスーパートランプ。ドクタースランプなら子供らが毎日けらけら笑いながら観てるけど、それもそれでだいぶ遅れてきちゃったアラレちゃんブームだ。 しかしこの曲、Give A Little Bit、詞の内容

          2020_4_25

          「則天去私」。天に則り私を去る。てんにのっとりわたくしをさる。 これはボクも好きな言葉ですが、あの夏目漱石が造った言葉で、本人も自分の人生においてこの境地を目指したと。自分なんて所詮ちいさき者、自然に抗わず全て受け入れて生きましょうぞ、と。いやあ、しかし、なかなか自分は去れないのが凡人でありますが、ただ、この考えはとてもナウだと気づく。みんなドカッとかまえて自然を受け入れようぜ、って心意気なのではないでしょうか。コレとても必要。 炎の料理人の惣菜が最近ちょこちょこ売れ残る

          2020_4_24

          いよいよ日々は徒然、この生活もかなり漠然としてきた。からには、目標を決める。新商品の開発である。今やアフターコロナに目を向けようという流れが見え隠れしている、からには、そのアフターが来た頃に待ってましたと言わんばかりの身固め。というより、アフターは来なくて、コロナと仲良く付き合ってゆくしかない、ウィズコロナって向きもあるとかないとか。not after but with、の考え方、それが現実味を帯びており、益々。 さて竹の子。ラジオやらでMCをする仲良しの山中タイキが突然、

          2020_04_21

          渋谷のど真ん中のスタジオまでチャリで行って、帰宅したら巨大な竹の子が届いていた。急を要したのでこれまたガブガブとお酒を呑んでしまったら、その夜は酩酊の帝に召されて寝床に急いだのでした。しかし今はチャリに限るな。 中原中也の春にまつわる詩をこれまたひとつ。 菜の花畑、赤ん坊と薄桃色の風。 途中の「ひねもす」は一日中という意味の副詞、らしい。 ひねもす、とても洒落た響きの言葉だなあと思ふ。 ▪️春と赤ン坊 菜の花畑で眠つてゐるのは… 菜の花畑で吹かれてゐるのは…

          2020_04_20

          朝起きたら今日は一体なん曜日なのかわからない病を発症しております。朝7時前に飛び起きてやべえ仕込みだ、と思っても今日は月曜日、炎の料理人オフ日である。がしかーし、日課とは切ないもので昆布と鰹節で丁寧に出汁を引いてしまう病も知らず知らずに併発している。特に作る対象がなくても、丁寧に。仕方ないから家族のために味噌汁でも拵える。仕方ない、って言い方はないな。愛情を込めて。 しかしガガ様が発起人になってやったSTAY HOME祭りザッと観ましたが、やっぱりtheアメリカだったなあと

          2020_04_19

          昼間のラジオにテレビ東京の番組Dがゲストで出演していて、すごく興味深くて。それはウルトラハイパーハードボイルドグルメリポートという番組で、世界各国のヤヴァイ地域にこのDがカメラ1台で乗り込んでは、現地でハードすぎる暮らしをしている猛者どもの食事を覗かせてもらう、という趣旨のもの。ロスのギャング、ロシアの麻薬窟、セルビアの不法入国人地帯、台湾のヤクザ組長、リベリア元少年兵らの墓地暮らし、とまーみんなとんでもない生活をしているinディープ。amazonプライムでイッキ見である。い

          2020_04_18

          朝からバケツをひっくり返したような雨が降るってからには、炎の料理人惣菜ボックスは気張った数は用意できねえし、ってヒヨったらどっこい正午前に完売のお知らせが届く。天気との相談はとてもむつかしいのであります。 昼過ぎから天気が回復した瞬間に、ざいざいと炎のキャッチボール。その昔は路地裏やらちょっとした空き地やらでキャッチボールをする少年らをよく見かけたものですが、今となってはキャッチボールする場所を探すだけでも一苦労。道端でやろうものなら、瞬時にして通行人の怪訝な眼差しに串刺し

          2020_04_17

          こんちくわー、と6歳の次女スイ坊が、羊に4輪がくっ付いた乗り物にまたがり、空気で膨らませた塩化ビニール製の足なしの馬の背中に小さな熊の縫いぐるみをくくり付けて座らせ、それを紐で引っ張りながら廊下を通り過ぎてゆく。あたかも江戸時代の刑罰「市中引き回しの刑」を実践しているようなプレイ。とてもシュールでハイレボー。High Level。朝はいつの間にか始まっている。 第三京浜で30分、所用でサクっと横浜中華街に。街は自らをほぼロックダウンしていて、ほとんどの店がやってなかったのに

          2020_04_16

          宿酔爆弾は無情にも投下され、被弾。しかし炎の料理人としては爆死している訳にもゆかず、朝から鍋を振る。ここのところまた、異常に料理をしている。それがとてもココロのバランスに良いというか、単純に救われるところがある。 食べるとは、正に生物の根源、生きるために何を差し置いても行わなければならない行為。寝ても覚めてもグタッとソファでAmazonプライムやNetflix見てても減るものは減るのが腹である。んじゃ、一日のうちに2回か3回かは確実にこなさなければならない食事を少しでも良質