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父と母の夫婦喧嘩と、言葉の伝え方、伝わり方

私は父と母が喧嘩をしているところをほとんど見たことがない。見せないようにしていたのか、それとも本当にぶつかったことがあまりなかったのか。いや、さすがにそんなことはないだろう。
しかし、私や兄の前で激しく言い合ったり険悪なムードになっているという記憶があまりないのだ。

ところが先日、ひょんなことから私は母から両親の喧嘩の話を聞いた。

「こないだお父さん、せっかく作った豚キムチを流しにバーンってお皿ごと捨てたんだよ!びっくりしたよ〜」

「え⁈なにそれ...なんで?」

「え〜なんで〜?あたしがしつこかったから?」

母がしつこいのは我が家では通常営業である。正直私も思春期の頃は母のしつこさに何度も苛立ちを覚えた。しかし、それに対してものに当たったり、ましてや料理をダメにしたことなどはない。

そしてもちろん父も今までそんな行動を取ったことはなく、それでなくても彼はいつも冷静沈着なタイプ。そんな荒々しい行動をとるなんて想像もできなかった私は、びっくりしながらも好奇心というか野次馬心でその話を聞いてしまった。笑い事ではないのかもしれないが、ちょっと珍しいと思ってしまったのだ。

「しつこいって、何したの?」

話を聞くに、豚キムアタックのきっかけになったのは兄の引越しのようだった。

実家の近くで働いていた兄一家がつい最近転勤になったのだが、なかなか引っ越しの準備が進んでなさそうに見えた父が、母に「こんな調子で引越しは間に合うのか?」というようなことを言ってきたらしい。
母はそれに対して「それ、お兄ちゃんたちに言ったりしないでよ」と父に伝えたのだと言う。

「だってお兄ちゃん、ただでさえ忙しくしてるのにそんなこと言われたらプレッシャーになるだろうし、奥さんだってちっちゃい子と一緒にいるんだからそんなにさっさか準備できるわけないじゃない。でも、お父さん的には全然進んでないように見えたらしくて、あたしにそう言ってきたのよ。だから、余計なこと言わないでよ?って言ったの」


ここでざっくりと我が家の面々の性格を説明すると、父は真面目で準備を怠らないタイプ。きっちり計画してそれを遂行する几帳面な人だ。そして母は直前までドタバタするものの、何事にも柔軟で臨機応変に行動できるタイプ。この時点でおそらく考え方がだいぶ違うと思われる。
そして兄はというと、父と同じく真面目で責任感はあるが、あんまり要領がよくない器用貧乏なタイプだ。兄の仕事はかなり忙しいそうなのだが「やるしかないから」という感じで毎日遅くまで仕事をしていて、ちょっと社畜気味なところがある。(人のこと言えないけど...。私と兄はかなり似ている)

しかし、ここまでの話を聞いている分には特に喧嘩になるようには思えなかった。

「なんでそれが豚キムチ投げるまでになるの?」

「えー?だってお父さんそれ、あたしに何回か言ってきたの。だからあたしもカチンと来ちゃって"絶対にお兄ちゃんに言わないでよ!"ってしつこく言ったのよ、他が疎かになるからやめてって」

「それが...しつこ過ぎたと...」

「そう、多分ね。絶対やめてよ!言わないでよ!って言いながら、キッチンで出来上がった豚キムチのお皿渡したら"言わないって言ってんだろう!”って言いながら流しにざーって!」

父のそんな行動が珍しかったのか、母はカチンと来ちゃってと言いながらも話しながらちょっと笑っている。

「なるほどね...。いやぁ...せっかく作ったのをそんなことするのは完全にお父さんが悪いしありえないね。それで、その後どうしたの?」

「え〜?どうしたってあたしもう、あったまきて!そういうこと一回もしたことなかったからさ。居間に戻ったの追いかけてって"何すんのさ!"って言って菜箸投げつけちゃった。さすがに本人にはめがけなかったけどさぁ。その辺にばーんって」

「結構修羅場じゃん...。そしたら?」

「え?そしたらってそれで終わり。黙って2階にのぼってっちゃったから。そこから1週間か10日くらいかなぁ、口きかなかった。まぁごはんだけは作ってあげたけど」

「え!えらすぎる…私だったらそんなんされたら絶対作りたくないかも…」

「まぁそうすればよかったけど、そこまでの問題じゃないから。っていうか、うちの問題でもないしね。ここまで言ったらもうお兄ちゃんには言わないだろうと思ったからいいかなって」


なるほど...。母の懐の深さを感じつつも私はしばし考えていた。
やった所業で言うと明らかに父が悪いと思う。しかし、声を荒げることなど見たこともない父のその反応を考えると、いかに母がしつこかったかがちょっと想像できた。
そう、母はものすごく、とんでもなくしつこいのだ。しつこい上にこちらの返事も聞かずにさらに追い打ちをかけるように話を繰り返したり、勝手に話を進めたりする。あのモードになった母に「あー!もう!!」となる気持ちはわからなくもない。
おそらくそのあたりが父に豚キムチを投げさせるまでにしたのではないだろうか。にしても、食べ物を粗末にするのも作ってくれた人にそんなことするのもありえないのではあるが。

しかもこれ、そもそも揉めてる理由がどっちも兄を心配してのことだというのがまたなんとも。
本人らからしたらお互いプンスカしたのだと思うが、私は正直、初めて聞いた両親のケンカが2人の関係についての何かではなくて、ちょっとほっとしたような気持ちになりつつ、母に言った。

「うーんそうかぁ...。わかんないけど、私だったら言わないでよ!って念押しする前に、それどういう意味で言ってんの?って聞くかもなぁ」

「なにが?」

「いや...お母さんはそれをお兄ちゃんに言うんじゃないかと心配して"やめてよ"って言ったってことでしょ?」

「うん、そう」

「お父さんの肩を持つわけじゃないけどさ、彼は基本的に言葉が足りないじゃない。だからわからんけど、別にそもそもお兄ちゃんに言う気とかはなくて心配だなぁっていう話をしたかっただけだったんじゃない?と思って。
もしそうだったら、別に「絶対言わないでよ!」なんて言わなくても「そうだねぇ、でもなんとかするよきっと」ぐらいの話で済んだのでは?っていう...。だから、私だったら怒るくらいだったら先に真意を確認するかなぁ」

「だって別にそんなの聞きたくないもん」

「え?」

「あたしは別にどんな気持ちで言ってようといいっていうか関係ないし、そんなの興味ない」


...えぇ〜?そう...なの?
急に話がよくわからなくなってしまった私。
だって、相手の意図がわかれば母がしつこく釘を刺すほどの心配は起こらなかったかもしれないし、そもそもケンカもしなくて済んだかもしれないのに。
父も父で言葉が足りないところがあるけど、母も母でその言葉の意味を聞く気がないのであれば、それはぶつかっても仕方がないのではないだろうか。
夫婦喧嘩ってそういうもん...?いまいち腑に落ちない気持ちになりながらも、その話はそこで終わったのだったが。


その話を聞いたのはちょうど母が東京に来てうちに泊まっていた時だったため、母は次の日、高校の同級生と女子会ランチに出かけていた。
母にはアツコとカナエというマブダチ的存在がいて、私ですら幼い頃からその名前を覚えるくらい、彼女たちの名前がよく出てくる。
そんな2人に、母は例のケンカの話をしたのだと言う。

「そうそう今日ね、アツコとカナエにもお父さんとのケンカの話しちゃった〜!」

なんでちょっと嬉しそうなん?

「あぁ、そうなんだ...。なんて言ってた?」

「”娘に昨日話したら、もっとお父さんの話聞いてあげたらって言われちゃった”って言ったらね、”そんなの怒ってる時に聞けって言われてもできないよね〜”って言ってた」

「...いやいやいや、ちょっと待って。私そんなこと言ったっけ?」

「えー?だってそう言ってなかった?」


うーん、なるほど...。母にはそう伝わっていたのか...。
私はどちらかと言うと、どうせケンカするなら相手の真意を確かめてから詰めた方がいいのでは?というようなことを言ったつもりだったのだが、もしかすると母には、私が父を擁護したように聞こえたのかもしれない。

言葉って、会話ってむずかしいな ...。
私は父と母の話を聞いて、なんとなく2人とも自分の話したいことだけを言っているような気がして、もっとお互いの話をちゃんと聞けばいいのに...なんて思っていたけど、昨日の今日でそんな話を聞いて、それは私も同じだったのかもしれないと思った。

別に私だったらこうするなんて話はいらなかったのかも。母の話に「えー!料理投げるなんて最低だね。せっかく作ったのにねぇ」とか「そんな風に聞かれたらお兄ちゃんにも言うんじゃないかって心配になるよねぇ」と言ってあげるべきだったのか。アツコとカナエのような相槌が正解だったのか...。


私は愚痴や争いごとなどを聞くと、でもこの話一方からしか聞いてないからなぁと思ってしまったり、ついついどうしたらいいかと考える方が先行してしまう癖があるのだが、自分のそれがまさに出てしまった気がした。

もっと、母の話もちゃんと聞こう。そして「うんうんそうだよね」と言葉にして伝えよう。そう思った。
あの時父は何を思っていたのか、話を聞いてみたいような気もしたが、父はきっとこの話をするのは嫌がるだろうし、何を聞いても答えないだろう。そんな気がする。

結局父も母も私もちょっとバランスが悪いというか、似ていないようで、似たもの同士なのかもしれない。

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