自殺を考えるのは動物の中で人間だけ
市立旭川大学病院 精神科 武井明先生のお話しを聞きました。今回は「子どもたちのビミョーな本音」というテーマです。
箱庭療法についても武井先生からお話を聞いてまとめたものがあります。お時間のある方はぜひ。(下の記事)
1時間半のセミナーの中で事例を13例もお話ししてくださいました。診察風景が浮かぶようなお話しで毎回聞いていて面白いと笑ってしまいます。どんよりしないセミナーです。
黄昏時の思春期外来で武井先生が思うこと
1.思春期の子どもたちの発する言葉そのものを大切にしたい
2.中長期的な子どもたちの変化(成長)をじっくり観察したい
3.治療が長期になった時の精神療法とは
4.子どもたちから何を教わるか
向き合っているものは薬を出してパッと治ったりするものや症状だけでない。本当につらいものとは生きづらさであると考えている武井先生。子どもたちが訴える辛さに焦点を当て、家庭・友だち・教員との関係、勉強、部活についてなどをめぐる話を丁寧に聞くことを大切にされているそうです。 しかし、つらい話をすぐには話してくれるわけではありません。ある程度の通院期間を必要とすると話しています。
セミナーでの事例を詳しく公表することが難しいため、要約した形で印象に残ったワードなどを紹介します。
フラッシュバックに悩む子
ASDの子たちに多く見られるフラッシュバック。感覚が過敏だったり、記憶が強すぎるという面から、昔のいじめ体験などの生々しい記憶に苦しめられていて、ASDの特性よりもその記憶の引き出され方に困っていた子がいた。
武井先生はなぜフラッシュバックが起こるか?をお話しされています。私は素人の考えで「記憶が強いから?」と考えてしまうのですが、もっとその先の事を教えてくれました。
”人は身が危険と感じると生きる為にその記憶を残し、回避するような行動を取る”。危険を回避できる能力があったからこそ、長い歴史の中に人間が生き続けてこれた。しかし、平和になった現代では生命の危機にさらされることが少なくなり、身を守るための記憶が暴走したようになるのかもしれないとのこと。 また、その子にとっては悲しい・辛いなどの記憶が生命を脅かすほどのものと身体や脳が認知したのかもしれません。
そうとらえると、ただフラッシュバック自体を起きないように!としたり、落ち着かせようとするのではなく、記憶でなく現実が安全だと思えるような環境にしてあげなければならないのかもしれません。
親に気を使ってしまう子
親が病気だったり、片親だったりすることで自分の行動が親の負担にならないようにと家事をしたり、兄弟の面倒を見たりするが、本当は学校生活との両立が難しいのに期待を背負ってしまい「大丈夫」と言ってしまう。自分を優先できない生活から心の限界を迎え、身体症状として意識消失発作(失神)を起こしてしまう。
限界を迎えるきっかけが部活のリーダーを担うようになったり、顧問・担任の先生が変わるなどして環境が変化したときで家庭だけでなく、学校生活にも無理が生じているケースがあるそうだ。ヘルパーを入れるなどの環境を変えると症状の改善が見込める場合があるが、医師としては「どうしてよくなったの?」とあえて聞くらしい。本人の実感の中に深い意味があるとして考えて居る為、周りから見ている人の改善プロセスと本人が見ているプロセスが違ったりするためだと話していた。
孤独に弱いからすぐに人を好きになってしまう子
ある女の子は幼少期から聞き分けもよく、小中でも成績はトップクラスの成績優秀だった。両親も何の心配もしていなかったが、高校入学直後にリストカットが頻回にあり受診。リストカットのきっかけは交際していた男子が他の女子と楽しそうに会話していたため。このことがあったため、両親は交際を裂き、男子との交流を避ける為に通信制高校へ転学させる。しかし、その直後から再びリストカットが頻回になり外科で縫合を受けるほど。後にアルバイトを始め、新たに交際を始めた男性がいたが、両親は心配し、同様に関係を終わらせた。それにより過量服薬をし、入院。
患者(女の子)の経緯は上記のようになっているが後からわかった話があった。父親は会社では温和で人間関係も良好だったのだが、家庭では毎晩の飲酒による家庭内暴力・暴言があった。その環境下により母親は、父親優先で気を使い生活をしており、子どもに関心を向ける余裕がなかった。患者自身も言うことを聞かなければ叩かれるなどをしており、機嫌をうかがいながら生活していたようだった。その為に成績優秀を維持していたのだと言う。しかし高校受験が終わると生きる意味を考えるようになり、自分らしさのないことや友人のいないことに寂しさや孤独を強く感じるようになったと言う。交際相手にはその寂しさや孤独感をさらけ出して関われるため、素直な自分でいられたように感じたと話していたそう。だからこそ、いつも優しくしてくれる人を求めていて、優しくされるとすぐに人を好きになってしまう「孤独に弱い人種」がいたっていいと話していたそう。
この患者について武井先生は人間は孤独を感じるようにできているといい、身体が痛みを感じることで身体的な危険を知らせるのと同じように、孤独を感じることも人間に利点があるに違いないと話していた。孤独があるから人を大切に感じられる、孤独という症状というとらえ方だけでなく”誰かと一緒にいて、安全・安心を確保しよう”という心の働きが関係しているとのこと。
自殺を考えるのは動物の中で人間だけ
武井先生が言っていたパワーワードです。たった2つの事例を聞いてからこのワードを目にしてもダメージが来ます。
孤独が苦しく、死んだ方がマシ!と思ってしまう人間の思考。誰かに気を使うのも、恋愛で辛くなるのも、孤独が潜んでいるから。だからと言って相手が喜ぶことを100%でやったからといってその孤独がなくなるわけでもない。相互性がそこに感じられないと相手が目の前にいても孤独を感じてしまう。「いる」という存在と「感じる」という存在の、心の距離の違いに大差があり、そのギャップに苦しめられる思春期の子どもたち。自分は相手を愛していても、相手に伝わっていなかったら孤独を与えてしまう。愛情のかけ方も勉強しなければならない人間界である。そして相手の事ばかりを考えて居ると自分を大切にできないからこれまた難しい。
障害が個性ではなく、生き方に個性を
生きづらさをどう乗り越えるか?という問いに対して武井先生はこの見出しを回答していました。HSC(Highly Sensitive Child)が先天性のものと言われ本屋でもでHSP関連の物が売れていますが、武井先生は「受診する限り、愛着・ASD・ADHD・統合失調症が背景にある。過敏さは追い詰められているから出る脳の症状。」とお話ししていました。私もこれには納得しています。例が雑かもしれませんが、自分自身もおなかが痛くなったりするとHSP傾向が出る等、誰にとっても現れる症状でもあり、HSPという概念でしかないのかなという思いに駆られます。どんな個性でも障害にしてしまうのではなく、生き方を肯定し、保証してあげることで結果として治療となる様に考えているそうです。そのため「それは無理だよ」という言葉は言わず、希望を導く話を診察ではしていると話していました。
治療者にとって「一を聞いて十を知る」医師に
未自覚の事が事が多い心の動きや身体のこと。そのため医師から考えて察することが必要とお話ししていました。さらりと言っていましたが、本当に難しい仕事ですよね。
武井先生の書籍があります
お掃除係の実習を体験した保育士さん、きちんとした指導・教育を受けられずも頑張る支援者さん…など現場に困り感を持っている方へサポートすることで、子どもたちに還元されるものがあるのではと信じています。よろしくお願いします。