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『プロセスモデル』に先立つ哲学者たち

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語と視覚的パターン:ジェンドリンとランガーの考察を踏まえて

語と視覚的パターン:ジェンドリンとランガーの考察を踏まえて

ひょっとして、ジェンドリンは次の絵 (Ruisdael, 1654-5) の中央下に描かれた朽ち果てた枯れ木のことに言及していたのではないでしょうか?

いずれにせよ、『プロセスモデル』の「第VII‐B 章 原言語」にある「f-9) 論述的使用対芸術」の節 (ジェンドリン, 2023, pp. 290-2) において、ジェンドリンは語と視覚的パターンとを対比しています。特に、彼は視覚的パターンの方

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絵に絵として反応する: ジェンドリンとランガー

絵に絵として反応する: ジェンドリンとランガー

我々人間は、動物とは異なり、絵の中の猫を撫でようとは思いません。ジェンドリンが『プロセスモデル』 (Gendlin, 1997/2018) で論じているように、絵に絵として反応することは、あたかも猫が実在するかのように行動することとは異なるのです。状況の中で行動することなしに状況を処理することは、物事をシンボルとしてとらえる能力、すなわち、「~について (アバウトネス) 」と呼ばれる人間の能力とど

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「動物のジェスチャー」からのシンボル生成: 『プロセスモデル』 (ジェンドリン, 2023) と『精神・自我・社会』 (ミード, 2021)

「動物のジェスチャー」からのシンボル生成: 『プロセスモデル』 (ジェンドリン, 2023) と『精神・自我・社会』 (ミード, 2021)

ユージン・T・ジェンドリン (1926–2017) の哲学的主著の一つ『プロセスモデル』 (Gendlin, 1997/2018; ジェンドリン, 2023) は、アメリカ古典的プラグマティスト、ジョージ・ハーバート・ミード (1863–1931) の代表作『精神・自我・社会』 (Mead, 1934; ミード, 2021) の影響を強く受けています。ミードとジェンドリンをつなぐ人物にチャールズ・

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「対象」概念の予備的検討: ジョージ・H・ミードから1980年代のジェンドリンまで

「対象」概念の予備的検討: ジョージ・H・ミードから1980年代のジェンドリンまで

1980年代前半、ジェンドリンは、生命プロセスにとっての「対象」とは何かという予備的な検討を始めました。「予備的」というのは、当時、ジェンドリンは、ジョージ・ハーバート・ミードに倣って、知覚と行動を獲得した動物のみを対象として検討していたということです。つまり、『プロセスモデル』 (Gendlin, 1997/2018) の第III章にある、単細胞生物や植物にも当てはまる「対象」の考察には、まだ到

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ジェンドリンの 「環境#0 」のプラグマティズム的起源: デューイとミードを参照しながら

ジェンドリンの 「環境#0 」のプラグマティズム的起源: デューイとミードを参照しながら

ジェンドリンの『プロセスモデル』において、「環境#0」は「環境#2」や「環境#3」に比べると言及される頻度が低いです。とはいえ、「環境#0」は、「ほとんど言及されないからといって、構造的に重要でないとは限らない」 (Jaaniste, 2021, April) という指摘もあります。ジェンドリンが環境#0を意図的に想定した背景はいろいろ考えられます。私見では、環境#0の先取りの一つは、デューイの後

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遡及的時間: ジェンドリンの先駆者としてのベルクソン

遡及的時間: ジェンドリンの先駆者としてのベルクソン

ジェンドリンは心理療法的著作においても、哲学的著作においても、「現在の生きることがいかに過去を変えるのか」という独特な時間論を論じました。今回私は、その先駆けとしてアンリ・ベルクソンの時間論を取り上げます。ベルクソンの論述を参照することによって、ジェンドリンの哲学的著作を理解するだけでなく、彼がフォーカシングを提唱するきっかけなった彼自身のリサーチを、ロジャーズ派内の彼の兄弟子による先行研究 (B

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ジェンドリンの「逆転」とメタファー理論の歴史 ― I・A・リチャーズ、ブラック、メルロ=ポンティ ―

ジェンドリンの「逆転」とメタファー理論の歴史 ― I・A・リチャーズ、ブラック、メルロ=ポンティ ―

池見陽氏は、フォーカシングの理論と実践に関する論文の中で、メタファー表現と、その表現の中で比較されるものどうしの類似点や共通点が提示される順序について、次のように論じています。

なぜジェンドリンはこの順序にこだわったのでしょうか。その歴史的背景を検討することから考察を始めたいと思います。

順序の逆転: メタファーと類似点ジェンドリン後期の哲学的主著『プロセス・モデル』 (Gendlin, 19

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ジェンドリンの「焦点化」とディルタイの「合目的性」

ジェンドリンの「焦点化」とディルタイの「合目的性」

『プロセス・モデル』(APM)の中で、ジェンドリンは生命プロセスは「恣意性とも論理とも異なる」と書いていました (Gendlin, 1997/2018, p. 47)。恣意的でないことのための用語の一つは「焦点化」であり、論理的でないことのための用語の一つは「非ラプラス的連続」です。「焦点化」とは、生命プロセスが単に好き勝手な方向に進むのではなく、特定の方向を持つことを意味します。

『プロセスモ

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「ユニットモデル」や「内容モデル (パラダイム) 」に対するジェンドリンの立場: G・H・ミードの時間論から見た遡及的時間

「ユニットモデル」や「内容モデル (パラダイム) 」に対するジェンドリンの立場: G・H・ミードの時間論から見た遡及的時間

生命プロセスは事前に予測することができないというジェンドリンの発想はもうひとつの重要な発想につながります。それは、過去は現在の視点から「事後的に」見直されるという発想です。しかし、私たちは、後から発見されるはずの要素が、以前からそのままのかたちで存在していたかのような錯覚に陥りがちです。この錯覚を表したのが、彼の用語である 「単位モデル (ユニットモデル) 」や 「内容パラダイム (内容モデル)

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「理想化された観察者」に対するジェンドリンの立場と「傍観者」に対するデューイの立場:新旧の物理学の見解に基づいて

「理想化された観察者」に対するジェンドリンの立場と「傍観者」に対するデューイの立場:新旧の物理学の見解に基づいて

ジェンドリンは、植物や動物や人間に共通する生命プロセスの特徴を 「非ラプラス的連続 (non-Laplacian sequence) 」と呼びました。では、「ラプラス的」とはいったい何なのでしょうか? 彼はニュートンからラプラスに至る古典物理学の暗黙の前提を批判的に検討しました。この前提は、科学者が未来を完璧に予測できるという決定論を意味するものでした。また、「理想化された観察者」と呼ばれるこのよ

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ジェンドリンの「インタラクションファースト (相互作用が最初にある)」とデューイの「トランザクション (取引作用)」

ジェンドリンの「インタラクションファースト (相互作用が最初にある)」とデューイの「トランザクション (取引作用)」

ジェンドリンは多くの著作で「インタラクション (相互作用)」という用語を使っていますが、『プロセスモデル』 (Gendlin, 1997/2018) では「インタラクションファースト (相互作用が最初にある) 」という用語を使っています。なぜ 「相互作用 (インタラクション) 」だけでは彼の言いたいことが十分に伝わらず、「最初にある (ファースト)」を加える必要があると彼が感じたのか、その歴史的背

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『プロセスモデル』の第II章と第I章における「インプライング」の用法史: 古典的プラグマティズムからの系譜

『プロセスモデル』の第II章と第I章における「インプライング」の用法史: 古典的プラグマティズムからの系譜

『プロセスモデル』 (Gendlin、1997/2018) においては、基本となる用語「インプライング」が頻繁に使われています。この用語は、彼の以前の公刊論文 (Gendlin, 1973a; 1973b) で初めて使われました。現段階での私の見解では、「インプライング」のさまざまな用法は、以下の歴史的な流れに沿って発展してきたと考えています。まず、1970年代初頭にジェンドリンは『プロセスモデル

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