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小説

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#恋愛

【短編集】beautiful mess

【短編集】beautiful mess

beautiful mess

金木犀と線香花火

人間は運命や奇跡という言葉が好きだ。現実に起きた自分にとって都合のいい出来事を、全て運命と奇跡にするのだ。そして僕もまたそういう人間だった。

八月が終わり、空が少し高くなった気がする九月の初旬。もう夏も終わってしまったのかと言わんばかりのこの世界の雰囲気。アブラゼミが最期の力を振り絞り命の音を鳴らしている。

「翔、もう夏も終わりだな。」

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交換日記喫茶店#1いい高タンパクを

交換日記喫茶店#1いい高タンパクを

いつまで思い出すのだろう。彼の匂いや声、瞳。1日の中で彼を思い出さなかった日がない。もう別れてから10ヶ月も経つのに。

別れはいつも突然だ。振られた理由は「他に好きな人ができた」だった。私はショックで2日間寝込んで仕事を適当な理由をつけて休んだ。そんな素振りはこの2年間1度も見せなかったのに。私の何がいけなかったのだろう。考えれば考えるほど体調が悪くなった。

「由里子、明日お休みでしょ?ちょっ

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砂漠に沈む太陽

砂漠に沈む太陽

果てしない細かい砂の海に鮮やかなオレンジ色の太陽が沈む。太陽の姿が見えなくなる全ての瞬間までが美しい。

夏目漱石が「I love you」を「月が綺麗ですね」と訳すのなら、僕は「Marry me」を「砂漠に沈む太陽が綺麗ですね」と訳していたのかもしれない。この美しい景色を一緒に見たいのは後にも先にも隣にいる彼女とだけだ。

「結婚しよう」

壮大で美しい砂漠と太陽を目の前にして、僕らの心はパ

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線香花火

線香花火

「ねえ、渚、線香花火ってなんで綺麗だと思う?」

パチパチと火花を散らしながら暗闇に咲く線香花火を見ながら翔は言った。

「なんでだろ、花火はどれも綺麗だけど何故か線香花火は特段綺麗に見えるよね」

そう曖昧な答えを口にした瞬間、その火の玉は落ちた。

「もう落ちちゃった。線香花火がもっと長くついてたら、そんなに綺麗じゃなくなるのかなあ」
翔は寂しそうに火の消えた線香花火の棒だけを持ちながら言った

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半年ぶりに元カノに会った話

半年ぶりに元カノに会った話

 ゴミ捨てに行くのが厳しい寒さになった。陽の光が入り出して、ようやく布団から出る。いつもなら布団の中で小一時間過ごすのだが、今日は違った。

 今日は半年ぶりに元カノの日向(仮)と再会する。半年ぶりということもあり緊張とワクワクが入り混じった複雑な心境だった。僕は半年間も日向を思っていた。ずっと好きだった。

日向が大好きなお笑いコンビわさびの漫才を見に行こうという文言なら来てくれると信じて誘った

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ジュールヴェルヌ

ジュールヴェルヌ

梅雨が明け夏本番を迎えた空が淡い紫に染まりかけている。信号が赤に変わりかけた横断歩道を僕らは駆け足で渡る。

「いいから黙って付いてきて」 

楓は嬉しそうにそう言った。

「どこに行くの?」

「恥ずかしいからまだ言わない」

「ねえどこに行くの?」

僕は楓にべったりくっついて、しつこく聞いた。彼女の首元からは檸檬の香りがする。

「調べたいものがあって、図書館に行くの。いいから黙って付いて

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