李小龍

【歳時記と落語】李小龍の誕生日

今週は節気としては、特にないんで、まあ趣味に走ってお話をしたいと思います。

11月27日は、ブルース・リーこと李小龍の誕生日です。亡くなったのは1973年7月20日、もうちょって50年以上になるんですな。2013年が没後40年でしたんで、香港文化博物館ではそれを記念して、2013年から2018年まで5年間特別展を開催しておりましたが、その後延期延期で今も開催中です。しかも2020年12月31日で

もっとみる

私がどうやって広東語通訳者になれたのかを紐解いてみる(32)

第3部 - 日本 - それは私

いよいよ『”燃えよドラゴン”誕生 ブルース・リー 最後の闘い』最終パート。いやもう本当に驚いたよ。

放送日は聞いていたが、どんな構成でどう編集しているのかは知らなかった。私の家のテレビはBSが入らない。どうしてもオンタイムで観たかった私は妹の家にお邪魔した。取材は受けていたので、香港編で少し出してもらえるのかなーと思っていたが、前半の香港編での出演は無かった。ア

もっとみる
ありがとうございます
14

私がどうやって広東語通訳者になれたのかを紐解いてみる(31)

第2部 - Seattle & Los Angeles -

番組の流れ的に次のアメリカ編の話をしてみよう。こちらも Los Angeles には信頼できる現地コーディネイターがいたのだけれど、李小龍業界的な大物を案外私が知っているということでプロデューサーからお願いされて繋いだのが Seattle のターキー・キムラ氏と Los Angeles のロバート・リー氏。

Taky Kimura タ

もっとみる
ありがとうございます
13

私がどうやって広東語通訳者になれたのかを紐解いてみる(30)

第1部 - 香港 - 続き

香港でのロケの話をもう少し。途中大脱線あり。

現地コーディネイション会社が繋げたインタビュイーの中で最大の目玉と言って良いのは Chaplin Chang 張蔭鵬氏。しかし申し訳ないが、「なーんだ、張さんだったら言ってくれれば良かったのに。私、仲良しですよー。」「え?そうだったの?」ということで私的にはあまりサプライズではなかったというオチ付き。

朝、ご自宅へ車で

もっとみる
ありがとうございます
14

死亡の塔@東映会館('81)

物心ついて最初に見た映画が両親に連れられて行った西部劇の同時上映「燃えよドラゴン」だった。
地元で公開したのも74年なのか?公開された頃はブルース・リーも亡くなってた。

そんなこともあってブルース・リーにはかなりの思い入れがあり、この「死亡の塔」もワクワク気分で見に行った。
チケット下に「東映」の印があるので多分小倉東映会館で見たと思うけど、ダイエー前のSY文化じゃなかったっけ?とも思う。

もっとみる

私がどうやって広東語通訳者になれたのかを紐解いてみる(29)

次の港へ

そして私の人生はいよいよビッグ・サプライズな方向へ大きく舵を切り、本格的に自分の望んでいた航路へと進む為の風を受け始める。

大阪観光局を表向きは契約満了での更新無しとなり、フリーランスという肩書のプー太郎になった。通訳・翻訳の仕事をとにかくやらねば、と思っていたところ、アメリカの友人が以前に出版した『Regards from the DRAON - SEATTLE -』の日本語版を出

もっとみる
ありがとうございます
15

ブルース・リーから生まれた北斗の拳

2歳半の息子は仮面ライダーにはまっている。

つよいものにあこがれる年頃だろう。

仮面ライダービルド、仮面ライダーゼロワン、仮面ライダーセイバーの人形を並べて、じぶんは北斗の拳のケンシロウになって闘っている。

……。

ひとり、次元が違うのが混じっている。

指をぼきぼきと鳴らすマネをしながら、

おもむろに家の中を一周して。

「どけ・・・。おまえはだれだ」。

「おなか、だしてねたい」とご

もっとみる
ありがとうございます!これを励みにまた書きます。
7

與李小龍迷創作人馬少飛對談 Talk with a prominent artist and big fan of Bruce Lee, Raphael Ma 龍迷アーティスト ラファエル・マー 対談

Bruce Lee Club Channel Vol.5 出ました!
日本語字幕だけ付いてます、むふふ。
いいね!と登録よろしくお願いいたします。

馬少飛他是一個創作人,也是一個李小龍迷,在今年七月我們李小龍會與他合作推出他的個人畫集,今集節目,我們邀請了他出席,了解他個人的創作歷程

Raphael Ma is a prominent artist and also a big fan of
もっとみる

ありがとうございます
4

私がどうやって広東語通訳者になれたのかを紐解いてみる(20)

香港李小龍會

1995年5月14日 香港李小龍會正式成立。

事の始まりは1994年秋。私が更に深く香港人となる転機。

街を歩いていた私は報紙檔(新聞スタンド)に龍哥の顔を見つけた。『壹本便利』という雑誌の表紙に龍哥が載っていたのだ。四の五の言わずとにかく買って帰った。

「これから香港に龍哥のファンクラブを作ろうと思っています。参加しようと思う方は下記のフォームに記入して編集部まで送ってくだ

もっとみる
ありがとうございます
17

私がどうやって広東語通訳者になれたのかを紐解いてみる(8)

私のその後の人生を完全に方向付けた旅

日本の数十年前を見るかのような上海から日本の遥か先を行く香港に飛んだ。

今、写真を見返してびっくりしている。文化中心はこの時建設中だったのね。文化中心より私の方が香港歴長いじゃん。

トップの写真も懐かしい。観光客向けとはいえフェリー乗り場には人力車がスタンバイしていた。中環のフェリー乗り場を出たら目の前が中央郵便局だった。西洋風の素敵な建物。大好きだった

もっとみる
ありがとうございます
17