横光利一の「春は馬車に乗って」「花園の思想」「蛾はどこにでもいる」を青空文庫で再読しました。これらは横光利一が妻を結核で亡くした経験をもとに描かれたようです。単に夫婦の愛だけを書いているのではなくて、その底にある情念をなぞっているように思えます。凄い作品です。寒気すら覚えるほど。
己という「フラスコ」を透明に保つために、いったい何ができるだろうか。日々の澱を洗い流し清潔な布で磨き、それぞれの苦痛を甜め尽くしつつも、かたや割れぬようにそっと大切にも扱わねばなるまい。汚濁を注いでは覗き込み、観察思考し書き留め、そしてまた自らの手で浄化する。時には、美しい水も。
作中、夜中に病の妻の腹を擦る男が「憂きことのなほこの上に積もれかし」と呟く場面がある。私にとっては、かつて曾祖母が訓えてくれた歌だった。優しく穏やかな曾祖母にそぐわぬ無骨さを子供心に不思議に思ったが、懐剣を携え満洲にも行き沢山子を産んだ曾祖母の胸中を思うと、今ならわかる気もする。