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【青空文庫で読めるおすすめの小説リスト】落穂拾い・檸檬・高瀬舟・オツベルと象・春は馬車に乗って

『落穂拾い』小山清 

あらすじ
武蔵野市の片隅に住んでいる「僕」が好きな人のことを語る。 「ひょっとこの命」 と傍書してある似顔絵描きや、「稼いだらまた東京に帰ってきましょうね」と言ってくれた北海道の夕張炭鉱にいるF君、僕の隣家の静かに机に向かう青年、善良な心根の人であろう家の近くの芋屋のおばあさん、古本屋を経営している少女のことを語る。

『檸檬』 梶井基次郎

あらすじ
私は思い悩まされていて、街から街へと浮浪していた。
ある夜、私は果物屋に売られている檸檬に心惹かれた。
檸檬を手に取ると何だか心が晴れる。
丸善に入り画集をのぞいてみるが、つまらない。
先ほどまでの幸福感が逃げてしまう。
そこで、私は画集を重ね、色彩の城をつくりその上に檸檬を置いた。
檸檬が爆弾で、丸善の美術棚を爆発させたらどんなに面白いだろうと想像した。

えたいの知れない不吉な塊が私の心を始終圧おさえつけていた。
私の錯覚と壊れかかった街との二重写しである。そして私はその中に現実の私自身を見失うのを楽しんだ。
友達が学校へ出てしまったあとの空虚な空気のなかにぽつねんと一人取り残された。私はまたそこから彷徨さまよい出なければならなかった。何かが私を追いたてる。
そう周囲が真暗なため、店頭に点つけられた幾つもの電燈が驟雨しゅううのように浴びせかける絢爛けんらんは、周囲の何者にも奪われることなく、ほしいままにも美しい眺めが照らし出されているのだ。
いったい私はあの檸檬が好きだ。レモンエロウの絵具をチューブから搾り出して固めたようなあの単純な色も、それからあの丈たけの詰まった紡錘形の恰好かっこうも。
疑いもなくこの重さはすべての善いものすべての美しいものを重量に換算して来た重さであるとか、思いあがった諧謔心かいぎゃくしんからそんな馬鹿げたことを考えてみたり
やっとそれはでき上がった。そして軽く跳りあがる心を制しながら、その城壁の頂きに恐る恐る檸檬れもんを据えつけた。
変にくすぐったい気持が街の上の私を微笑ほほえませた。

「売柑者之言」とは?
杭州の蜜柑売りから見た目の綺麗な蜜柑を買って剥いたところ刺激臭がして中身が綿みたいだったので「詐欺じゃないか」とクレームを言ったところ、その蜜柑売りが「私だけが詐欺をはたらいているというのでしょうか。ならば宰相だって見てくれがいいだけで中身がなくて庶民を騙しているじゃないか」と返した話。作者の明の劉基が当時の政治の無能さを風刺した内容なのだそうです。

参考記事:

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『高瀬舟』 森鴎外

あらすじ
徳川時代に遠島を申し渡された京都の罪人は大阪まで高瀬舟にのって行く。護送の羽田庄兵衞は弟殺しの喜助を高瀬舟にのせた。喜助は遠島に行くのを苦にしているふうがなかった。喜助が言うには、これまで、どこにも自分の居場所がなく幼くして親を亡くし弟と二人で生きてきた。弟は病気で働けなくなる。ある日、弟は剃刀で首を切るが、思うように剃刀が抜けない。喜助は剃刀を抜いてくれと弟が懇願するので抜いて人殺しになった。庄兵衞は喜助の話を聞いてはたしてこれは人殺しなのだろうか考える。

人は身に病があると、此病がなかつたらと思ふ。其日其日の食がないと、食つて行かれたらと思ふ。萬一の時に備へる蓄がないと、少しでも蓄があつたらと思ふ。蓄があつても、又其蓄がもつと多かつたらと思ふ。此の如くに先から先へと考へて見れば、人はどこまで往つて踏み止まることが出來るものやら分からない。

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『オツベルと象』 宮沢賢治

あらすじ
ある日、オツベルのところに白象がやってくる。オツベルがずっとここにいてくれないかと聞くと象は承知する。
オツベルは象をうまくだまして、首輪をし、足かせもした。最初は働くことを楽しんでいた象だが、食べ物を少しずつ減らされて、たいへんに働かされた。白象は、弱っていき、「もうだめだ」と月に向かって言うと、月が仲間に手紙を書いたらいいと助言をし、仲間が助けにやってくる。

「ああ、ぼく水を汲んで来よう。もう何ばいでも汲んでやるよ。」
「ああ、ぼくたきぎを持って来よう。いい天気だねえ。ぼくはぜんたい森へ行くのは大すきなんだ」象はわらってこう言った。
晩方象は小屋に居て、八把の藁をたべながら、西の四日の月を見て
「ああ、せいせいした。サンタマリア」と斯こうひとりごとしたそうだ。
「ああ、吹いてやろう。本気でやったら、ぼく、もう、息で、石もなげとばせるよ」
「済まないが、税金が五倍になった、今日は少うし鍛冶場かじばへ行って、炭火を吹ふいてくれないか」
「ああ、吹いてやろう。本気でやったら、ぼく、もう、息で、石もなげとばせるよ」
その晩、象は象小屋で、七把わの藁をたべながら、空の五日の月を見て
「ああ、つかれたな、うれしいな、サンタマリア」と斯う言った。
このとき山の象どもは、沙羅樹さらじゅの下のくらがりで、碁ごなどをやっていたのだが、額をあつめてこれを見た。
「ぼくはずいぶん眼にあっている。みんなで出てきて助けてくれ。」
 象は一せいに立ちあがり、まっ黒になって吠ほえだした。
「まあ、よかったねやせたねえ。」みんなはしずかにそばにより、鎖と銅をはずしてやった。
「ああ、ありがとう。ほんとにぼくは助かったよ。」白象はさびしくわらってそう云った。
 おや、川へはいっちゃいけないったら。

最後の一文の「 おや〔一字不明〕、川へはいっちゃいけないったら。」
読了後、無邪気に助けられた白象にかけられた仲間からの言葉とばかり思っていましたが、牛飼いが語るという物語の構造上、川辺で川に入ろうとする子供にかけた言葉だと読むことができます。そうなると、一時不明の文字が「君」となり、これは、ひょっとすると私たちに向けられた言葉なのかもしれません。

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『春は馬車に乗って』 横光利一

肺病の妻の寝台からは、海浜の松や庭のダリアや池の亀が見える。そんなものを見ながら、いつしか彼と妻の会話は刺々しくなることが多くなっていた。執筆の仕事で別室へ離れることにも駄々をこね、原稿の締切りに追われながら生活を支えている彼を困らせた。彼女は、聖書を読んでほしいと言う。妻は咳の発作と共に暴れて夫を困らせたが、健康な時に彼女から与えられた嫉妬の苦しみよりも、今のほうが自分にとってはより幸福を与えられていると思った。しかし、彼は妻の看病と睡眠不足で疲れ、妻に弱音を吐く。妻は急に静かになり、さんざん我がままを言ったことを反省し、夫に休むように促した。彼は不覚にも涙が出てきて、妻の腹を擦りつづけた。
ある日、医者から、もう妻の病が絶望的なことを告げられる。妻は夫の顔を見て、彼が泣いていたことに感づいて黙って天井を眺めた。病の終日の苦しさのため、しだいに妻はほとんど黙っているようになった。彼は旧約聖書をいつものように読んで聞かせた。彼女はすすり泣き、自分の骨がどこへ行くのか、行き場のない骨のことを気にし出した。
ある日、彼のところへ知人から思いがけなくスイトピーの花束が岬を廻って届けられる。妻は彼から花束を受けると両手で胸いっぱいに抱きしめた。

 彼は自分に向って次ぎ次ぎに来る苦痛の波を避けようと思ったことはまだなかった。このそれぞれに質を違えて襲って来る苦痛の波の原因は、自分の肉体の存在の最初に於て働いていたように思われたからである。彼は苦痛を、譬(たと)えば砂糖を甜める舌のように、あらゆる感覚の眼を光らせて吟味しながら甜め尽してやろうと決心した。そうして最後に、どの味が美味かったか。――俺の身体は一本のフラスコだ。何ものよりも、先ず透明でなければならぬ。と彼は考えた。
 彼は彼女の食慾をすすめるために、海からとれた新鮮な魚の数々を縁側に並べて説明した。
「これは鮟鱇(あんこ )で踊り疲れた海のピエロ。これは海老で車海老、海老は甲冑をつけて倒れた海の武者。この鰺(あじ)は暴風で吹きあげられた木の葉である」
「いや、俺はお前がよくなって、洋装をきたがって、ぴんぴんはしゃがれるよりは、静に寝ていられる方がどんなに有難いかしれないんだ。第一、お前はそうしていると、蒼ざめていて、気品がある。まア、ゆっくり寝ていてくれ」
彼はもうこのまま、いつまでも妻を見たくないと思った。もし見なければ、いつまでも妻が生きているのを感じていられるにちがいないのだ。
――もう直(す)ぐ、二人の間の扉は閉められるのだ。
 ――しかし、彼女も俺も、もうどちらもお互に与えるものは与えてしまった。今は残っているものは何物もない。
彼と妻とは、もう萎(しお)れた一対の茎のように、日日黙って並んでいた。
或る日、彼の所へ、知人から思わぬスイトピーの花束が岬を廻って届けられた。
 長らく寒風にさびれ続けた家の中に、初めて早春が匂やかに訪れて来たのである。
 彼は花粉にまみれた手で花束を捧げるように持ちながら、妻の部屋へ這入っていった。
「とうとう、春がやって来た」
「まア、綺麗だわね」と妻は云うと、頬笑みながら痩せ衰えた手を花の方へ差し出した。
「これは実に綺麗じゃないか」
「どこから来たの」
「この花は馬車に乗って、海の岸を真っ先きに春を撒き撒きやって来たのさ」
 妻は彼から花束を受けると両手で胸いっぱいに抱きしめた。そうして、彼女はその明るい花束の中へ蒼ざめた顔を埋めると、恍惚(こうこつ)として眼を閉じた。

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