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2023/3/18: まいにち だれかの ひとことを こころに。

 海では午後の波が遠く岩にあたって散っていた。一艘(いっそう)の舟が傾きながら鋭い岬の先端を廻っていった。渚では逆巻(さかま)く濃藍色(のうらんしょく)の背景の上で、子供が二人湯気の立った芋を持って紙屑のように坐っていた。
 彼は自分に向って次ぎ次ぎに来る苦痛の波を避けようと思ったことはまだなかった。このそれぞれに質を違えて襲って来る苦痛の波の原因は、自分の肉体の存在の最初において働いていたように思われたからである。彼は苦痛を、譬(たと)えば砂糖を甜(な)める舌のように、あらゆる感覚の眼を光らせて吟味しながら甜め尽くしてやろうと決心した。そうして最後に、どの味が美味かったか。ー 俺の身体は一本のフラスコだ。何ものよりも、先ず透明でなければならぬ。と、彼は考えた。

 ー 横光利一「春は馬車に乗って」よりー


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