緋ねむは、いわゆる日本のねむ(ねぶ)ではない…

緋ねむは、いわゆる日本のねむ(ねぶ)ではない…

投稿日:2020年8月7日

目次 [閉じる]

ネムと緋ネム

芭蕉が詠んだねぶの花

西施は中国古代の四美人の一人

ネム、漢字で書くとなぜ合歓

合歓(ネム)に似ているが、緋ネムはネムではないらしい。

ネムと緋ネム

見た瞬間、「アッ ネムか」
そう思ってカメラを向けたのだが、ズームで引っ張ると、今まで撮っていたネムと、ちょっと違う。
「あ

もっとみる
嬉しいです
1

オンシジューム 蘭なんだけど、この花、いろんな物語を見せてくれるの

オンシジューム 蘭なんだけど、この花、いろんな物語を見せてくれるの

投稿日:2020年8月6日

目次 [閉じる]

物語りを見せてくれる花

銭湯で楽しむ無重力(空中浮遊)

ジェットバス、あれは楽しいね

「結って(言って)楽しむ女の髪結い」

物語りを見せてくれる花

オンシジューム、
君を見ていると、いいね、いつも楽しくて…

今日はなに…
エッ 無重力パフォーマンス

そうか、そこは重

もっとみる
嬉しいです
1

手段化する「写真」

スマホが生存必需品(生活必需品より不可欠な、スマホなしでは生きられないツールになっている)になり、いつの間にか「電話」ではなく「カメラ」として使われている。それによって「写真」が急激に「誰でも撮れる」ようになった。それはそれでいいことだと思うが、皮肉なことに写真の汎用化は写真自体の価値を大きく下げている。

また、スマホのカメラ機能が高度化していくにつれ、コンデジの存在価値はほとんど失われた。その

もっとみる
ありがとうございます。
4

無人島一冊

とあるグラフィックに関するトライアルイベントにクリエイターとして参加した時の事だ。
その活動の一環なのだが、渋谷にあるデザイン系の学校の特別授業において、参加クリエイター4人が対談するというのがあった。

このメンバー、超有名アートディレクター3人と殆ど無名のフォトグラファー1人(僕)というなかなか痺れる展開なのだが逆に職業が違うからかビビる事もなく、堂々とやらせてもらった(^^)
(自分もアート

もっとみる
サンキューです!
17

蝉と一緒にいた時間

自転車に乗ろうとしたら羽化したばかりの蝉がぶらりと抜け殻にぶら下がっていた。

いつまでたっても家に帰れないからこのまま連れて帰ろうとすると蝉が落っこちてしいました。(22:30撮影)

誰かに踏みつぶされそうだし、野良猫がウロウロしていたので、ビニール袋に入れて自宅に連れ帰って数時間だけ保護しました。

抜け殻と共にお家に連れてきたばかりの蝉。ミコちゃんと名前を付けました。(23:05撮影)

もっとみる

『井賀論。』 vol.6 “標準レンズ一本を武器に自ら寄っていけ”

ROUND6 カメラではない人が撮るのだ

写真家はある意味ごっつあんゴールを狙うフォワードでなければならない。相手ゴール前に陣取って目の前に転がってきたボールに素早く反応してゴールに叩き込む。優れた写真家とはいわばサッカーでいうところのフォワードのようなものである。なにもドリブルで5人を抜き去って華麗にシュートを決める必要はない。貪欲さと反応の良さ。それが写真家に求められる資質だ。

もっとみる

ハイビスカス

ハイビスカス

投稿日:2020年7月27日
撮って書いてワヤで笑える人生日記
gatkkukubo.com

目次 [閉じる]

色、形(姿)の持つ力って凄いね。

最近ゴージャスなハイビスカスが目立ち始めた

やっぱり花は午前中に撮るべきだな

集客のキャッチコピーでいう程、写真は簡単にはうまくならないと思うんだけど…

集客キャッチコピーで知るビジネスモデルの変化

何かやろうと思ったらやっ

もっとみる
嬉しいです
2

天命を知る?

7月21日に50歳になりました。

50といえば、孔子の論語では「50にして天命を知る」とあります。とてもそんな心境ではありません(笑)

皆さんもなってみると分かると思いますが、まだまだ志半ばのひよっこです。世のことより、自分のことで精一杯です。私はもともと政治や社会に関心があって、カメラを手にしたので、いつかは、何かしら社会に還元できるようにと思って奮闘してまいりましたが、恥ずかしながらとても

もっとみる
押忍っ!
10

『井賀論。』 vol.5 “自分は何者であるか常に考えろ”

ROUND5 漠然とシャッターを切るな

20代の半ば、4年間ほど上池袋4町目に住んでいた。ちょうど写真を始めた頃の話だ。どこへ行くにもカメラをぶら下げて、暇を見つけては、豊島区、北区、荒川区あたりの路地裏に入って、面白いと思うものがあれば被写体を問わずなんでも撮っていた。撮るという行為が楽しくてしょうがなかった頃だ。

1995年1月17日の朝、いつもと同じように7時過ぎに起き出し、普段の習慣と

もっとみる
よろしければシェアお願いします!
6

過去と出合う今

フィルム写真のデータ化を始めるまですっかり忘れてたんだけど、1997~1998年のニューヨーク滞在中、最初の頃は写真学校に通っていた。といっても、1回か2回だ。てっきりニューヨークには写真を撮りに行ったのだと思っていたけど、写真を学びに行く目的もあったようだ。



今でこそ、独学なんてのは当たり前になったけど、当時はプロになるには写真の学校(大学や専門学校)を出て、スタジオのアシスタントをやり

もっとみる