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多様性の末路

 SDGs・多様性が叫ばれる昨今。

 下の写真を見て欲しい。

 中国の遼寧省瀋陽で2019年に行われた全国陸上競技選手権、女子4×400mリレーで優勝したチームの写真だ。

 え、、、? 女子??

 これは男女混合リレーではない。正式な女子リレーだ。

 多様性が末期にきている。

 当然ながら運営に抗議が行った。「2人の男がなんで女のリレーに入っているのか!」と
 中国陸上委員会はそういった声に、「検査の結果、2人は正真正銘の女だ。批判は2人に対する侮辱だ」と答えたと言う。

 「中国の検査」、、、これだけでも信用性が皆無だが、
 しっかりと検査が行われていると仮定して、そのやり方がホルモン値の計測だった場合。男性が女性に・女性が男性になるのは容易なことだ。ホルモンを過剰に摂取すれば良い。
 しかし、それが果たして女性と言えるのか?男性と言えるのか?

 このご時世に、これだから女性・これだから男性と、第三者が判断するのは難しい。というよりも不可能だ。男性の声・男性の見た目・男性器がある。それでも『心』女性。逆もまた然り。そういった方に、「あなたは男性・女性」と断定するのは酷なものがある。

 だからこそ、中国の陸上委員会はホルモン値の計測によって男性と女性を判別しているのだろうが、過剰摂取をすれば、性転換できる。

 ではホルモンの過剰摂取を禁止すれば解決??
 いやいや『心が女性』という方の判別は??

 スポーツは体の強度・俊敏性など、肉体で競い合うものが大半だ。(eスポーツ等は除く)

 平均的に女性は男性よりも筋力が劣っている。これは誰かが決めたことではない。「神が定めたことだ」と言う友人もいる。不変的なことだ。

 そんなスポーツの女子競技に、「ホルモン値が女性だから」「心が女性だから」という理由でがどんどん入っていったらどうなるだろうか??

 結果として生物学的な女性が虐げられるのは自明の理である。

 男女平等を叫ぶことも同じだ。男女平等だからと、男性に女性と同じことを求め、女性に男性と同じことを求める。結果として男性も女性も苦しむ。
 それは平等ではなく、ただのエゴだ。男女平等を叫ぶ人間の自己満足でしかない。


 スポーツの男性・女性は生物学的な判断で行うべきだ。

 スポーツから女性が消える。現に中国で起きていることだ。平等・多様性・SDGs、こういった偽善的なワードを大きく掲げることによって、新たに虐げられる人が生まれる現実を理解するべきだ。



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