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何度でも読み返したいnote2

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何度でも読み返したいnoteの備忘録です。こちらの2も記事が100本集まったので、3を作りました。
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#思い込みが変わったこと

私が夫を泣かせた日

2022年4月10日 私は夫を泣かせてしまった。 夫の涙は一生見ることがないのだろう… そう思っていた。 実際、彼は、小学校低学年の柔道の大会で敗退して以来、泣いたことがないらしい。義理の父と母からも、「その大会以降、彼の涙する姿を見たことがない」と聞いていた。 妻となった私から見ても、夫はわりと社会の中では一匹狼的存在に映っているし、体も大きくてちょっと見た目も怖いので、そして異常なほどのタフさを兼ね揃えているように見えるため、この人が泣くことは今後もないだろうなと思

「結婚」はしないと思ってた。

「結婚」なんてしないだろうと思っていた。 だから、まだ付き合ってもいない彼から唐突に 「なんか……結婚したいですね」 と言われたときは、なんて気の合わない人なんだろうかと首を傾げたものだった。 「結婚は……、どうでしょう」 わたしは答える。 もちろん、そういう幸せのかたちがあることは知っているし、大切な誰かが誰かと結婚するとき、わたしは心の底から「おめでとう」と言うことができた。 けれど自分のこととなると、どうだろう。なんだか途端に妙な気持ちになるのだ。 きっと、「自分

わたしの理想は、わたしが決める

先日、家族で朝ごはんを食べながらふと思った。 「あぁわたし、いま理想の暮らしのなかにいる」と。 蒸篭で蒸したパンと目玉焼き、野菜たっぷりのスープ、ヨーグルトと手作りのグラノーラ、フルーツ。パンにはバターと作ったばかりのいちごジャム。挽きたてのコーヒー。 こんな朝ごはんを家族で囲むことは、わたしの理想のひとつだった。でも、何年も前からこんなふうに過ごしていた気もする。なのに、いまさらどうして。 目玉焼きの黄身はカチカチだし、盛り付けもひどいものだ。コーヒーを淹れるのはあい

何者かになるためじゃなく、ただ味わうために生まれてきた

とにかく、あたたかいものが好き。 春とかホットコーヒーとか猫とかお風呂とか。 許されるならずっと日向ぼっこしてたいし、 はっぴいえんどの「風をあつめて」とか聴いてたい。 心があたたかくなる瞬間も好き。 誰かと心通じ合えた瞬間とか、思わずクスッと笑ってしまう時とか お酒飲みながら語り合えた夜とか。 「こんな素敵な季節に生まれてきてくれてありがとう」 友達がずっと前に言ってくれた言葉。 なんてあたたかい言葉なんだろう。 なんだか嬉しくて、誕生日のたびに思い出すし、ずっと心

奥さんがワーママになってみつけた我が家のウェルビーイング

「発狂するほどに戸惑っている」 4人の子育てに一区切りつけ、社員として勤め、働くことにやりがいや喜びを実感していた矢先のサプライズ。5人目の子の妊娠。 奥さんの複雑な胸中を思うと、一人もろ手をあげて喜ぶこともできず、今後のことを2人で長い時間かけて話しあいました。 育児ママから社会復帰に至るまでの道のりは決して平坦ではありませんでした。 チャレンジ 「子どもが4人いて雇ってくれるところなんてない」 10年以上、ブランクがある奥さんがそう言うのも無理はありません。当

「OK」じゃない自分で「OK」なんだ。

「生きるのが本当に大変な人やよな」 これは私が何度も何度も夫に言われてきた言葉だ。 決して意地悪口調でもバカにしているのでもないが、少しの憐憫と愛しさとを込めて、あきれたように夫は言う。 私にとって人生は「非常事態」の連続だった。 いや、本当に何か大変なことが起こったわけではない。 私は日常の小さなことを「自分自身で非常事態にする」天才だった。 アメリカ人なら「オーマイガー!」を連呼するような毎日。(知らんけど) 「赤毛のアン」なら「人生でもっとも悲劇的な気分だわ」と嘆く

苦手だと思い込んでいることって、結構あるかもしれない。

先生をやっていると、 毎年この時期、自己紹介をする。 まずは、自分のクラスの子に。 次に、学年全体に。 あとは、自分が担当するクラブ活動の子や、委員会活動の子にも。 私は今年度、違う学年の授業も受け持つことになったので、その学年へも自己紹介をした。 万が一学校を異動したら、全校児童に向けても、自己紹介をしなくてはならない。 私は自己紹介が苦手だ。 出来ることならやりたくない。 名前を言って、よろしくお願いします、 で終わるなら良いのだけれど、 先生となると、そうもい

沖縄で子を産む

おそらく来月末あたり、人生ではじめて子どもを産む。 予定日は6月2日らしいけれど、今年のおみくじに「待ち人、早く来る」と書いてあったので、5月末ごろに産まれるんじゃないかなぁと思っている。 ーなんて書きながら、あらためて自分の人生にびっくりする。まさか私が、沖縄で子どもを産むことになるとは。 私は香川県出身で、大阪と東京に住んだことがある。沖縄に住むことは沖縄に住む2週間前くらいに決めた。 住みはじめたころは「移住しよう」なんてまったく思っていなくて、むしろ1年くらい

葬式は誰が何のために

親戚の葬式はこれで四度目だった。 祖父が亡くなった。去年の暮れのことだった。 仕事を終え、喪服を用意し、名古屋から祖父のいる広島へ向かう新幹線で、私は怯えていた。 顔を見て祖父の死を受け入れなければならない瞬間、それよりも、葬式に参列することが怖かった。葬式は、私に後悔という呪いをかける。 祖母が亡くなったのは中学生の時だった。 冷たい祖母を見て泣き、初めて入った式場の雰囲気で悲しさが増し、知らない大人に囲まれ怯え、祖母に花を添えてこれが最後だと思うと、私の心は破裂した。

うちの子たちなら心配ないさー

5人目の子が産まれ、家族7人マンションで暮らすには少し手狭になってきたこと、テレワークによりおうち時間が増えたこともあり、引っ越しを決意しました。 この4月でちょうど長女、長男、三女が揃って進学と、ハレー彗星並みに訪れた絶好のタイミングでした。次は2061年、生きてりゃいいな。 長年、住み慣れた東京から新しい土地に子どもたちが馴染めるか?これが一番の心配ごとでした。 家族にとって、チャレンジの新年度がスタートしました。 高校生  引っ越し後、食って寝るだけの場所を何

母には、もしかしたら美しい部屋で微笑める人生があったかもしれない

「生まれてきてくれてありがとう。」 母のその言葉を何度聞いてきただろう。3人も子供がいるなかで、それぞれにたっぷりと愛情を注ぎ続けてくれる人。大好きな、私のおかあさん。 毎日言葉にしてくれて、何度も抱きしめられて育った私は、愛情を疑うことなど何もなかった。いい母、自慢の母、そうでしょう? けれど私には母に言えていない秘密がある。母だけじゃなくて、今まで誰にも言ったことがない。10年以上前にまだ中学生だったころ、私を産んだ直後の母の日記を見つけたこと。ひとりで読んで泣いた

さらけだしあいっこ

私の職場では4月は人物大異動の時期である。転勤してゆく人たち、転勤して来る人たち。今年は特に異動の人数が多かったので、職場の雰囲気が変わってしまうかも(まだわからない)なぁ。元々女性が少ないので女性同士は仲良しだが、それでも誰と誰が特に仲が良いとか、誰と誰はあんまり喋ってるとこを見たことないとかは、ある。そんな中、普段よくお喋りをしていた女性2人組のうちの1人が転勤をしてしまい、数日経ちその残されたもう1人の人に私は問うた。 「仲良くしてた〇〇さんがいなくなって寂しくなりま

仕事ならどんなに興味がなくても、興味のあるフリをしろ

前の会社の先輩に言われて、印象に残っている言葉。 僕は根本的に働くことが好きじゃない。 「好きじゃない」というのは≒「興味がない」とも言えると思う。 誰でも好きなものには興味があるし、興味があるものが好きなのだ。 コミュ障だけど口だけは回る不思議なタイプである僕は、興味がなく好きでもない仕事も口先でうまく誤魔化してきた。 でも、やっぱりそれはどこかで限界が来る。 前の会社では営業をやっていたけど、やっぱり顧客の情報を調べる人ほど成績が出せるのだ。 口先だけではお客様の要