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苦手だと思い込んでいることって、結構あるかもしれない。

先生をやっていると、
毎年この時期、自己紹介をする。

まずは、自分のクラスの子に。
次に、学年全体に。
あとは、自分が担当するクラブ活動の子や、委員会活動の子にも。

私は今年度、違う学年の授業も受け持つことになったので、その学年へも自己紹介をした。
万が一学校を異動したら、全校児童に向けても、自己紹介をしなくてはならない。


私は自己紹介が苦手だ。

出来ることならやりたくない。

名前を言って、よろしくお願いします、
で終わるなら良いのだけれど、
先生となると、そうもいかない。
だから、
自己紹介で自分の鉄板ネタがある人、
自己紹介で爆笑をかっさらう人、
自己紹介で「おぉー!」と言わせる特技がある人、
そもそも自己紹介が苦じゃないと思える強いハートをもってる人を見ると、
本当に心から尊敬する。
私にもその才能が欲しい。

私は自己紹介が苦手な癖に欲深いので、
出来ることなら自己紹介で、
子ども達の心をガシッと掴みたいと思ってしまう。

例年、子ども達が初めて登校する日の前日の夜になると
〝今年の自己紹介は何言おうかなぁ…〟と
憂鬱な気持ちで何となく考える。
けど、今年はそんなことゆっくり考える暇もなく
慣れない生活にバタっと倒れるように寝てしまった。

翌日、朝の5時から次男の大泣きに付き合い、
何とか息子達を保育園へ送り届け、
時間と睨み合いながら職場へ急ぐ。

やはりゆっくりと心を落ち着けて自己紹介を考える時間なんて一瞬も無かった。
でも逆にその方が良いかも。
その時思ったことを、思ったように伝える方が自分らしいよね。
そんな風に、何も考えていない事を正当化させながら、自分に言い聞かせる。

学校に着いて、慌てて職員室を出てからも、

っていうか、ゆっくり考えたとこで、
例年通り大したこと思いつかないだろ。
だったら隙間時間で
マジックとか一発芸でも練習しろよ!

自分にツッコミを連発しながら、
真面目な顔で、足早に廊下を歩く。




ガラッ

教室に入ると、
子どもたちがキラキラした目で
一斉にこちらを見た。

「おはようございます!」

声をかけると、
様々な声のトーンで返事が返ってくる。

4月の初め特有の、
少し緊張した空気が教室を包む。

どんな先生かな?
こわいかな?
優しいかな?
面白いかな?
一緒に遊んでくれるかな?

期待と不安が入り混じった気持ちが
子ども達の目元や、座り方から伝わる。



そうだ。
この空気を変えるのが、私の仕事だった。


私は自己紹介を始める。

自分のこと。
家族のこと。
これから皆と一緒にやりたいこと。

次から次へと言いたいことが思いついて、
言葉が自然と口からこぼれる。

子ども達から声が上がり、
笑ったり、驚いたり、喜んだり。

空気がほぐれて、
子ども達は私がどこの何者なのか分かって
少しホッとしたようだ。

ここですかさず、
先生としての思いを話す。

うんうん、と頷く子。
真っ直ぐこちらを見て、真剣に聞く子。
そろそろ手遊びを始めたそうな子。
色んな子がいる。

そんな子ども達を見つめながら、
あぁ、学級がスタートしたな、と思う。

私には経験がある。
先生としての経験が。

その場の子ども達の空気を感じ取り、
その時々に合う言葉や声色や目線や表情で、
自分の作りたい空気を作っていく。
何度も失敗して、何度も経験する内に、
自然とそれが出来るようになった。
そしてその感覚は、
もう既に私の一部になっているようだ。

数年ぶりに自分の教室で子ども達の前に立ち、
私はその事に気付いた。

苦手だと思い込んでいた自己紹介は、
案外もう苦手じゃないのかもしれない。


子ども達のキラキラした目に見つめられながら、
私は先生としての自分を取り戻していく。

帰り道に保育園へ向かう車の中で、
たまーに一人きりで入れるお風呂の中で、
夜、眠りにつく前の布団の中で、
きっとこれから私は何度も
ここにいるクラスの子ども達のことを考えるんだろう。

悩んでいる時には寄り添い、
頑張りたい時には少しだけ背中を押し、
色んな感情を分け合って、
色んな思い出を増やして、
家族と同じか、それ以上の時間を
この子達と過ごしていく。

だからこの教室が、
子ども達にとっても、私にとっても、
家とはまた違った
一つの安心できる居場所になればいいなと思う。

来年の3月に別れる時、
子ども達がどんな顔で私の話を聞くのか、
少しだけ頭に思い描いてみる。

その顔よりも、
ちょっとだけ頼もしく、
ちょっとだけ晴れやかな顔をしててくれた嬉しいな、とこっそり思う。

でもきっと、そうなるだろう。
そんな気がする。


憂鬱だったはずの自己紹介も無事に終わり、
先生モードを取り戻した私の胸は、
これから先に過ごす子ども達の日々を想像して、
なんとなくワクワクする。

勿論、全部が全部上手くいく訳ない。
思い通りにならないことも、
想定外の出来事も、きっと山ほど起きる。

だけど、この小さな教室で、
きっと沢山のドラマが起きて、
そのドラマは間違い無く子ども達をぐんぐん成長させ、
ここにいる全員の、人生の一部になる。
それって楽しみでしかない。

そうだ。
こういうのが、私の仕事だった。
あぁ、私は先生に戻ったんだな。


4月からの復帰の日々は、
それはもう目の回るような忙しさだけど、
私は日本のどこかの学校の
とあるクラスの先生としての役割をもらい、
やり甲斐を感じながらイキイキと働いている。
クラスの子が、自分の役割があるとイキイキするのと同じように。

旦那と息子達のお陰で
ますますお母さんに磨きのかかった私は、
多分、前よりも格段にパワーアップした先生になってる。
それは4月からの日々を過ごしていて、
色んな場面で思う。

それに、何と言っても自己紹介の中で、
息子が大好きなYouTubeの話をした時と
旦那にしつこく誘われて渋々みた鬼滅の刃(結局ハマってしまった)の話をした時は、
子ども達の反応が最高に良かった。

家族がいたお陰で、
今年の自己紹介は色んな子ども達の心をガシッと掴めた気がしてる。

家族から受ける恩恵は、
意外なとこにも潜んでいるみたいだ。

ひとまず、来年の異動に向けて、
自己紹介で困らないように、
なんか一芸、極めようかな。

…とか、絶対やらない癖に
ひっそり思っている。

そうなのだ。
悲しいことに、苦手意識というのは、
そう簡単には消えて無くならない。

来年度に異動を控えている私は、
自己紹介をしまくることになる来年を思い、
今年のうちからちょっと憂鬱気味だ。

でも、自己紹介以上に
私は自分が重きを置いていない事に関しては
計画的に準備するのが大の苦手なのだ。

来年度、色んなことを言い訳にして
自己紹介なんてなーんにも考えず、
廊下で盛大に自分をツッコミ続ける未来しか、
今のところ見えていない。

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